30話 帰郷02
「カナリア、さっきはありがとう」
引き続き林道を歩くサラは、隣にいるカナリアにそう言った。彼女は少し躊躇いながら返事を返す。
「いいえ、サラお嬢様がご無事で何よりです」
「お嬢様なんて……カナリアは私の姉も同然、いつもみたいにサラって呼んで」
「サラ……様……」
やはり様を付けるのかと、サラはため息を吐いた。カナリアも困った顔で笑う。
「お兄様は元気でいらっしゃるかしら」
「相変わらず研究に没頭されております」
「ふふっ……お兄様らしいわね」
久しぶりに兄の事を聞いたためか、サラは幸せそうな笑みを溢した。本当に仲睦まじい兄妹だと、カナリアは感心する。
「道中にこの様な重大な話をするのは失礼だとは思われますが……」
カナリアは言葉に詰まりながらそう濁す。サラはすぐ反応した。
「何かあったの?」
「はい……ヘルト様直々にお話される予定だったそうですが、先に事が起きてしまい、已む無くわたくしから、と」
「お兄様が……一体どうしたというの」
あの秀才な兄が、予測を誤り焦りを見せるなど……サラには考えられないことだった。だが現にカナリアが証言している。歩きながらする話ではないと言うが、仕方ないだろう。
「いいわ、話してちょうだい」
「……はい。サラ様は精霊の王というのをご存知でしょうか」
いきなり質問から入られ、サラも若干たじろぐ。
「精霊の王? 何かで読んだ事があるわ。確か全精霊を統べる力を持つ者とか……」
「その通りです。精霊の王は俗称アムリアと呼ばれますが、この500年の間一切現れておりません。それでも契約の法により世界は持ちこたえてきました」
カナリアは何百年も前の話を淡々と話す。サラは文学には強い方だが、心の準備もなく途方もない事を聞かされ、少し混乱していた。
「アムリアが出現していた頃、それを守る一族がいました。その一族は代々精霊の王を絶対的に守護する任を務めてきたのです。その一族が……」
カナリアはここで一旦言葉を切った。これらの話をサラは無言で聞いている。それを確認した後、カナリアは重い空気を吐き、また続けた。
「サラ様の母君の旧姓は……」
「フロライン=リュートニアよ」
「そう、そのリュートニア家こそが精霊の王を守ってきた一族なのです」
──最も古き一族、リュートニア
「リュート二ア……が?」
母の事は何も聞かなかった。聞いてはいけないと思っていた。父も兄も亡くなった母について何も語らなかったから……。それが、本当は真実を隠されていたなんて。
「フロライン様がお亡くなりになる前には既に、リュートニアは存亡の危機に晒されておりました。代々語り継いで来たアムリアについての事実の流出を防ぐため、次期当主が育つまではリュートニア家の動向を公にはしませんでした。それがもう十数年前の事ですので、知る人ぞ知る事実になってしまいましたが」
「そんな……こと……本当なの?」
「信じられないかもしれませんが……今は信じて頂く他ないのです、サラ様」
カナリア自身も全てを理解していない為、これ以上は説明の仕様がない。それを察したサラはカナリアを困らせまいとして、彼女を問い詰めたりはしなかった。
「お母様の実家が精霊の王を守護してきた家系というのは分かったわ。でも何故、今、なの?」
一番の疑問はそこだった。急がねばならない理由、起こってしまった“事”とは何なのか。
「長年待ち焦がれた精霊の王が、今ようやく現れたのです」
──サラはかなり賢い子だった。努力家で、元が良いのも幸いし、どの学校へ行っても非常に優秀な成績を修めてきた。機転は利くし、気立てもいい。魔力も強く、加えて武道にも通じているという完璧な人間だった。そんなサラが何度も聞き返したのだ。カナリアも同じ事を繰り返し答えた。同じ質問を数回繰り返したところで、サラは思考回路を止めた。すると案外冷静に考えられた。
「もしかして……今そのアムリアがレイドルートの屋敷に居る、とか?」
「その通りです。さすがはサラ様、勘が良く冴えていらっしゃる」
カナリアはようやく解ってくれたのかと安堵し、ほっと息を吐いた。
「そんな突然…私はどうすればいいのよ」
サラは途方に暮れた。別に何もしなくていいのだが、これからゆっくり旅の疲れを癒そうとしていた矢先の大変な事態に、サラは唖然とするしかなかった。
「まずはヘルト様にお会いになられてからアムリア様にご挨拶をされては如何かと」
「そ、そうね……とりあえずお兄様に会わなくちゃ」
サラの声には気力というものが殆どなかった。一度に話したので混乱させたのではないかと、カナリアも気が気でない。そうこうしている間に林道を抜けていた二人は、表門までの長い距離をゆっくりゆっくりと歩いていた。
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