9話 消せない過去
アモンはリセイの切実な思いを汲み取り、それ以上は何も言わなかった。そして二人は再び歩きはじめ、互いの『やるべきこと』をしに、それぞれ散った。
「コウ様を思う気持ちは一緒か……」
誰もいないはずの廊下で呟くような声を放ったのは、先ほど天の間を出たクリスだった。廊下で二人が深刻そうに話をしているので、入りづらく、立ち聞きしてしいた。
クリスは時折昔の自分を思い返し、恥じる。それは、初めてコウに出会った時の事だ。
初めクリスは『こんな普通すぎる人間が精霊の王など務まるはずがない』と断定していた。例えリセイの言う事でも、やはり信じられない、と。
本当にこの娘が王なのか? そんな疑問を隠しながら、表面的な笑顔を見せ、軽くコウをあしらっていた。
――ところが、適性検査で突きつけられた事実。あの水晶が反応しないことはありえない。あれは生きている者全てに反応するのだから。つまりは……
人が造りし物などでは測れない。それほどに絶大な存在だという事。
自分に裏切られた気持ちでいたクリスは、しばらく声を出せなかった。それなのに、彼女は平然としている。あまりにも、無知だった。
するとそこに、あり得ない人物が訪れた。最高司祭アモンだ。アモンは確かにお調子者で、親しみやすい。だが誰でも話しかけれるほど気安い存在では無い。
普段は司令部の人間に縛られながらも、ティレニアの最重要機密事項について助言する立場だ。
最高地位である教皇。
そんな人間が、こんな……軍人見習いなどの居る『適正検査室』に来るとは思ってもいなかった。そりゃあ皆驚き、恐れ多いと言わんばかりに頭を伏せるだろう。
――でも、コウは少しも動揺しなかった。それどころか普通に、いや少し文句を言うような口ぶりでアモンと話していたのだ。
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