9話 消せない過去
コウはソファに腰掛けると、小さく息を吐き後ろにもたれかかった。
「コウ様……ご無理をされていたのでは……」
「無理してたわけじゃないよ。急に、ね」
かなりの体力を消費したコウを見て、ダイスは心を痛めた。――まだ疲れは完全に癒えていない――元々体力があった訳ではないし、今回は特に精神を使っている。一晩眠ったくらいで治るものではない。
自分が一番に守らなければならないのは、誰か。それは自分が仕える『リュートニア家の当主』ではなく……遥かに大きなものを背負っている、精霊の王―コウだ―
「ダイスさん?」
先ほどから何もしゃべらないダイスを見て、コウは不安になる。
嫌なものを見せてしまった。こんな情け無いところを……。コウがそう思っていると、ダイスは優しく微笑み、コウの手を取った。
「コウ様、あなたはこれから大変困難な道を歩むことになるでしょう。ですがあなたは一人ではありません。あなたを大切に思う人がどれほどいるか、私には分かります。いつでも我々を頼ってくださいね」
「ダイスさん……」
コウは手が、目が、胸が、どんどん熱くなるのを感じた。そして……さっと顔を隠し、密やかに肩を震わせる。
一滴。カルロにこぼれ落ちた涙が、静かに肌を伝った。ただこの静寂が、何よりもコウを優しく包んでいた。
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