9話 消せない過去
「じゃあ俺はそろそろ戻るわ」
頃合を見はからって、アモン教皇がそう言った。そしてフレアンも立ち上がる。その動きに視線を合わせるコウ。フレアンはこちらを向き、また優しい笑顔を見せた。
「私も警備に戻る。後はダイス殿に任せてあるから」
「あ……はい」
コウは一瞬寂しそうな顔を見せた。フレアンがそれを見逃すはずは無かったが、長居しては別れが辛くなると思い、あえて構うことは無かった。アモンは無理をするリセイを心配したが、リセイは「大丈夫だ」と目で応える。
「クリスはどうする?」
アモンがまだ立たないクリスを見て、さりげなく聞いた。
「私は……もう少しここに居る。二人とも、安心して仕事に励んでくれ」
「そうか……まぁそうだな、頼むぞ」
アモンは納得し、フレアンと共に天の間を出て行った。その時フレアンは少しコウの方を振り返り、にこりと笑ったが……。
「本当の目的は何だか……」
「? 何か言いましたか? クリスさん」
「いえ、何でもありませんよ。コウ様」
クリスは少し笑顔を見せたが、心の中ではリセイに対する黒い感情が渦を巻いていた。コウはそれを全く気にすることなく、クリスを見て真剣に話す。
「クリスさん、私の事はコウでいいですよ」
コウの思いがけない発言に、クリスは目をぱちくりさせる。自分はちゃんと「コウ様」と名前で呼んでいるはずだが。クリスはそう思ったが、ふとコウが言いたい事を理解し、少々躊躇いがちに答える。
「しかし、あなたは王です」
「何言ってるんですか、私は『精霊の王』であって、どっかの国の王族とかじゃないです。呼び捨てでいいに決まってます」
「呼び捨てなど……」
あまりにクリスが躊躇うので、クリスを困らせたくないコウは、融通を利かせた。
「わかった、じゃあ、敬語だけはやめてください。私の方が年下なんだから……」
「うぅむ……」
クリスはかなり困った様子だった。だが、これだけはコウも譲れない。仲良くなりたいと思うからこそ、敬語なんてやめて欲しいのだ。コウはクリスを凝視し続けた。それこそ、穴が開いてしまいそうなくらい……。
コウの熱烈な思いが通じたのか、クリスはようやく「はい」といってくれた。途端にコウの表情は晴れやかなものとなり、最高の笑顔を向ける。
「ありがとう! クリスさん」
「いえ、そんな……礼を言われるような事では……」
「ううん……私が無理言ってるんだから」
「コウ様……」
やはり『様』を付けるクリスに、コウは気落ちするが、今はそれでもいいと思うことにした。
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