9話 消せない過去
コウは目を大きく見開き、口をパクパクさせる。リセイの鼓動は徐々に高鳴った。
コウはリセイを見つめ、紅い瞳の奥を覗き込むように前に出た。リセイはコウの顔が近くなった為か、顔をほんのごく僅かだが赤らめる。そしてちょっと後ずさる。
「あなた……あの時の……」
私の記憶の一番初めにある人。私に暖かな手を差し伸べてくれた人。優しい笑顔をくれた人。全てのはじまりは……この人だった……。
「思い出してもらえた様で光栄だ」
「ご……ごめん。忘れてたわけじゃないからね?」
「……どうだか」
ふぅ、とため息をつくリセイに、コウは挙動不審な動きをとる。リセイはその様子を心の中で楽しみながら見ていた。
リセイの腹の内が読めたカルロは、じろりとリセイを睨む。カルロの痛い視線に気付いたリセイは、慌ててコウのフォローに回る。
「まぁそんな気にするな。ずいぶん前の事だしな」
「うぅ……ごめんなさい」
コウは沈んだ気分のまま、カルロを抱きしめた。「カルロー」と言って甘えるコウに、カルロは「勝った」という顔でリセイを見る。
リセイの表情は途端に曇った。
「……二重人格」
「? 何か言った?」
「何でもない」
当然その言葉はカルロに向けて発せられたものだが。カルロは聞こえない振りをしてコウに擦り寄る。リセイは手に顎を乗せ、そっぽを向いた。
この二人が知り合いであることを知らないコウは、二人の密かなやり取りに気付くことはなかったが。
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