[携帯モード] [URL送信]
9話 消せない過去

 コウは目を大きく見開き、口をパクパクさせる。リセイの鼓動は徐々に高鳴った。
 コウはリセイを見つめ、紅い瞳の奥を覗き込むように前に出た。リセイはコウの顔が近くなった為か、顔をほんのごく僅かだが赤らめる。そしてちょっと後ずさる。

「あなた……あの時の……」

 私の記憶の一番初めにある人。私に暖かな手を差し伸べてくれた人。優しい笑顔をくれた人。全てのはじまりは……この人だった……。

「思い出してもらえた様で光栄だ」

「ご……ごめん。忘れてたわけじゃないからね?」

「……どうだか」

 ふぅ、とため息をつくリセイに、コウは挙動不審な動きをとる。リセイはその様子を心の中で楽しみながら見ていた。
 リセイの腹の内が読めたカルロは、じろりとリセイを睨む。カルロの痛い視線に気付いたリセイは、慌ててコウのフォローに回る。

「まぁそんな気にするな。ずいぶん前の事だしな」

「うぅ……ごめんなさい」

 コウは沈んだ気分のまま、カルロを抱きしめた。「カルロー」と言って甘えるコウに、カルロは「勝った」という顔でリセイを見る。
 リセイの表情は途端に曇った。

「……二重人格」

「? 何か言った?」

「何でもない」

 当然その言葉はカルロに向けて発せられたものだが。カルロは聞こえない振りをしてコウに擦り寄る。リセイは手に顎を乗せ、そっぽを向いた。
 この二人が知り合いであることを知らないコウは、二人の密かなやり取りに気付くことはなかったが。



←前へ次へ→

7/21ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!