9話 消せない過去
次第に闇が引いていき、妙な感覚に襲われた。
──!
声が聞こえる。誰かが私を呼んでいる。
──!!
誰だろうか。なぜかとても落ち着ける。
私を呼ぶのは──誰?
「コウ!」
「……カルロ?」
瞼を完全に開く間もなく、やわらかな生物が胸に飛び付いてきた。コウはただ呆然とそのやわらかさを堪能する。
ふかふかの体を抱き締めて、やっと意識を戻した。そうして再びゆっくりと周囲を見回すと、ベッドの横にもう一人誰かがいることに気付いた。
コウはその人物の顔を見て、硬直した。
「起きたか。気分はどうだ?」
「……?」
「君は過労で倒れたんだ。随分無理をしていたみたいだな」
「かろう……?」
コウは意味を良く理解せずに言葉にした。だが、自分がどういう状態なのか少し整理がついたらしく、はぁ、と短く息を吐いて額に腕を当てた。
「過労……か。なるほど」
「辛い所はないか?」
「特には……あなた誰?」
「何だ。もう忘れたのか」
青年は少し残念そうな表情を見せる。コウはその声に聞き覚えがあったのだが、よく思い出せなかった。
青年は少し考えた後、端正な顔を少々緩ませながら名乗った。
「私は街の警護兵フレアンだ」
「フレアン……」
コウは必死で記憶を手繰り寄せる。脳が上手く働かない所為で、思い出すのに数分かかった。
さすがにここまで言って思い出してもらえないと辛いが、フレアンはじっと黙って返答を待った。
コウはフレアンという名前を聞いてもまだ思い出せなかった。だが彼の紅眼の瞳に目を奪われ、ひたすら青年の瞳を見つめていた。
それはいつか見たことがある、綺麗な色だった。青い、青い空によく映えて、人を虜にさせる、深い緋色の瞳。
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