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31-01 願う理由

 夜風を纏う二人の王女は、それぞれ儚い想いを馳せていた。風の唸る音を聞きながら、コウとローズは沈黙を続けていた。


 東大陸全土を支配する大国セニアは、火と闇を増徴する竜大国と呼ばれている。
 竜種は精霊の中でも強大な力を持ち、火と闇の竜は特に人々から恐れられていた。
 国力の乏しい東国がこれ程までに帝国を苦しめるのは、この竜の力に因るものが大きかった。

 通常竜は足として用いられる。乗りこなすにはそれなりの訓練が必要で、上級職を得た者には一体ずつ与えられ、竜騎士として名を連ねる事が出来る。
 東国の戦力は主にこの竜騎士達だろう。

 国の象徴が竜故に、王族も立派な竜を従える。だがローズは竜を一匹も所持していなかった。
 それは彼女が花の契約者であるからという事もあるが、それよりも、彼女自身が戦道具である竜を嫌っていたからだった。


 夜空を優雅に飛行する鷹は、揺れも少なく馬に乗るより心地よかった。さすがに下を見ることは恐くて出来ないが、前方に見える高い山々の表情をこれほどまでに身近に感じたのは初めてだ。
 脈々と連なる高山の上を通り過ぎ、海へ出た直後のこと。

「貴女は本当に不思議な女性だ」

「……え?」

 今の今まで沈黙を好んだローズが、正面を見据えたまま言葉にした。コウは何のことかと首を傾げる。

「ふふ……本当に面白い人ね、コウ王女」

 愉快そうに笑う彼女は、今までとは違い穏やかな笑顔をしていた。とても多国から恐れられている東国人とは思えないほどに。

「王女と呼ばないでください。私はそういうのはあまり……」

「好きではない?」

「いえ、まぁ……慣れていないので」

 気まずそうに話すコウを見て、ローズの口元は優しく緩んだ。だがすぐに引き締め、言わねばならないであろうことを口にする。

「そうは言っても、いずれは貴女の存在を世界に知らしめる必要がある。貴女が何を望もうと、民衆は貴女を神として扱うだろう」

「それは……分かっています」

 分かっているとは言うものの、実際に経験した訳ではないので確信は持てない。誰にも期待されないのは悲しいけれど、大勢の希望や期待を背負うのはきっととても大変な事だと思う。

「幸い今のリュートニアには優秀な人材が集まっている。当主は貴女が帰って来た時動き出すつもりなのだろうな」

 何百年も無駄とされたリュートニアの、最も重要な役目。それは世界にアムリアを公示する事。

「そういうのはヘルトさんにお願いしようかなって、何て他人任せだけど」

「いいえ、貴女には貴女にしか出来ない仕事があるのだから、後の事は専門家に任せても問題はない」

「そう……かな、よかった」

 こんな事、誰に相談する訳にもいかない。いくらリュートニアの人間は味方だと言っても、彼らは自分に仕える者だ。
 何も知らないコウだから仕方の無い事だと周囲も理解はしているが、やはり多くの弱みは見せられない。上に立つ者の心中の動揺を、一々表に出してはならない。
 王族であるローズには、その複雑な気持ちは十分理解出来た。

「海の上は少し冷える。毛布をしっかり巻いておきな」

「はい、ありがとうございます」

 そうして手渡された温かな毛布に身を包み、ローズの背に寄りそう。規則正しい王女の鼓動、力強い脈音。彼女もまた危険に曝されるだろうに、それを覚悟してまで国を飛び出した一人の女性を、誰が“弱い”と言うだろうか。

 ローズの深い紅の瞳を見て、未だ夢に見るあの人の影を想っていた。




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あきゅろす。
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