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30話 帰郷25 この身、堕ちても


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 鷹に乗って大空を飛ぶという、初めての事に困惑するものの、実際は結構楽しいもので。意外に安定しているし、揺れも少ないので寧ろ気持ちが良い。上機嫌のコウの様子に、ローズも笑顔になる。

 鷹はレイドルートの屋敷を出て、まっすぐ東へ向かった。このまま行けば途中で中央大陸を横切ってしまうが、一度どこかで休める場所が欲しいと考えているらしく、ローズはあえてそちらを選んだようだ。

 屋敷前の大通りを抜けて、森に差し掛かった時、とある影が映る。それは夜でも十分見つけられるほど美しく耀いていた。

「あ……れはっ」

 コウの様子がおかしい事に気付いたローズは、後ろを振り向く。

「ロ……ローズ王女! 降ろしてください!!」

「え……ええ!?」

 突然の申し出に驚くが、ローズはコウの意に従って高度を下げる。鷹が旋回して降り立った場所は、森の中に点在する木々の開けた場所で、そこにはコウを驚かせた人物が怪訝そうに立っていた。

「────」

 その人物は無言でこの場を見つめる。静かに怒りを抑えている様だった。恐る恐るその者に歩み寄り、声を掛ける。

「あの……サ、サラ……?」

「──」

 目の前にいる人物は、長い金髪に黄金の瞳、そして堂々と仁王立ちでこちらを見て、いや、睨んでいる。

「サラ、どうしてここに……」

「どうして、ですって? それはこっちの台詞よっ!」

 今まで沈黙だった彼女の口から、激しい感情が飛び出した。これから散々捲くし立てられるのかと思い耳を塞ぐが、それ以上の言葉はなかった。閉じた目をそっと開き、サラを視界に移す。

「…………サラ」

 驚いた。あのサラが、今にも泣き出しそうな顔をしているなんて。

「あの……あのね……」

「どうしてなの」

 サラは弱々しく言葉を吐き出す。

「どうして何も言わずに行こうとするの」

「そ……それは……」

 懸命になって前へ進もうとしているサラに、余計な心配をかけたくなかったから。

「どうして……貴女ってばいつもそうよ」

 サラは俯いたまま歩き出し、目の前で足を止めた。彼女の顔ははっきりと見えないが、これはそうとう怒っている。一発くらう事を覚悟しておかなければならないだろう。そう思って再び目を瞑るコウに与えられたもの。それは頬を打つ痛みではなく、罵る言葉でもない。
 優しいサラの抱擁だった。

 泣いて……はいないようだが、サラの心臓の音は早かった。

「私に黙って出て行ったりしたら、絶対に許さないんだから」

 サラは腕の力を強め、きつく縛るようにコウを抱きしめた。

「今度、こんな事したら、謝ったって許さないわよっ!?」

 不思議だ。怒られているのに、嫌な気がしない。サラの言葉がとても温かくて、私の心を満たしていった。サラはそっと私から離れ、漸く無き濡れた顔を上げる。

「何よ、笑わないでよね」

「笑ってなんかないよ」

 やはり笑顔なコウを不可解そうに見つめるサラは、その大きな瞳に護るべき人を映していた。それがこんなにも幸せな事だとは、今までの自分ならきっと気付けなかっただろう。

「ごめんね、サラ」

「……今回だけよ」

 不機嫌な彼女は少し頬を染めていて、いつも以上に優しく見えた。

「コウ、そろそろ」

 傍で黙って見ていたローズが、時間だと合図を送る。サラはゆっくり私から離れ、涙を拭っていつもの笑顔になった。それが今の私にはとても心強かった。

「行ってらっしゃい、コウ。でも絶対無茶しちゃ駄目よ」

「うん、サラも頑張ってね」

 再び大鷹の背に乗って、下にいるサラを見やる。まだ不安げな顔をしていたが、こればかりは仕方の無い事だと、彼女も納得はしていた。

「それじゃあ……行ってきます」

 そう私が言葉を発した後、鷹は空を優雅に泳ぎ、高く高く昇って行った。



「今は、まだ貴女の傍にはいられない。私が貴女を守れる様になるまでは──」

 鷹の姿が見えなくなるまで、サラはずっと瞳を空に向けていた。

 点になって、やがて消えるその時まで──。




 30話「帰郷」[完]


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あきゅろす。
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