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聖域と罠05


===リストの森 最奥===


「姫、ご気分が優れませんか?」

「いえ、あの」

「はい、何でしょう」

「カイルは、無事ですか?」

 不安げに男を見つめる少女。男は詰まらぬ質問だ、と言わんばかりに溜息を吐く。その反応に少女はビクリと肩を震わせた。

「あの小僧、カイルと言ったか。奴はただの護衛にすぎない。姫が気に留める必要などありませんよ」

「……でも」

 それでも納得のいかない少女・ナティアに、男は痺れを切らせたようで。

「姫は精霊を目覚めさせる事だけを考えていればいいのです」

 そう冷たく言い放った。
 彼らも今夜は野営するらしく、木々に囲まれた適当な場所に身をおき、夜明けを待つようだ。男はナティアを近くの木に座らせたあと、どこかへ向かって足を進める。ナティアは男を追いかけようと立ち上がったが、直に男の姿は確認できなくなり、薄気味悪い森の奥へ入る勇気も無く、元の位置にしゃがみこんだ。

 男はナティアから離れた後、一見誰も居ない木の上に視線を向けて「降りて来い」と命令する。
 すると、太い木の枝に座っていた者が、スタンッと真下の茂みに着地した。忍びの格好をしており、仕草などから影の人間であることが判る。

「レン、お前はどう思う?」

 レンと呼ばれた忍びは颯爽とと男に近寄り、敬意を込めて肩膝を立てた。レンは男の質問にいささか躊躇ったが、やがて低く紡ぐ。

「女であることは判っておりましたが、あまりに愚直です。自らの欲に駆られるとは」

「まぁそう言うな。所詮アムリアなどただの肩書きにすぎん」

「はい。ですが……力は本物でした」

 愚か者呼ばわりする相手は、確かに求められる力を持っていた。それを見せ付けられたレンは複雑な表情を浮かべる。その様子に気付いた男は、先刻の事柄を思い出す。

「ああ……猛毒付きの小刀を投げたのはお前だったな」

「はい。男が邪魔だったので先に消そうと思ったのですが、まさか精霊が人間を庇うとは……」

 レンの声からは少しの戸惑いが感じ取れた。偶然とは言え精霊に手をかけた事が心苦しかったのだろう。男は口の端で笑いながら、レンを宥める。

「所詮、人間と仲良くしている弱い精霊であったのだ。手っ取り早くアムリアの力も見れたしな」

「はい……あの少女、どうなさいますか?」

「愚か者と言えど精霊の王だ。無碍には扱えん。古の精霊を目覚めさせた後、城に連れ帰って離れの塔にでも入れておけばいい」

「平たく言うと軟禁ですね」

「まぁな、取るに足らん女だ。精霊を目覚めさせれば用など無い」

 男は軽く吐き捨てるように言う。レンは男の意見に賛同したのか、納得して立ち上がった。

「夜明けとともに聖域に向けて出発する。少しの間眠っておけ」

 レンは男の命に従い、元居た木へと戻り体を休めた。男はナティアが眠ったのを確認し、適当な木の傍に腰を下ろす。


「歴代のアムリアには二種類存在したと言う。一つは立派な精霊の王となって世界を守る賢者に、もう一つは力の欲に支配され落ちていく愚か者に、か」

 男はナティアを見ながらそんなことを呟いた。暗闇を鮮やかに照らす月の光を浴びながら、眠気に身を任せる。

「500年も待って、やっと現れた精霊の王は愚か者の方であったか。皮肉なものだ」

 男の声は誰に届く事無く、森のざわめきに隠された。



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あきゅろす。
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