第3話:7
忠告に似た言葉を使う彼女は、もはや単なる機関の教員ではなかった。
マリアが静かに瞬きをする瞬間、瞳の奥が鋭く揺らいだ。
「他の方は、あなた自身がアムリアと認めてらっしゃらないので何も仰りませんが、本当はあなたが精霊王である事は誰にも知られてはならないことなのです」
マリアが続く言葉を濁している間、コウは彼女に対して明確な違和感を持った。
マリアは精霊王に関していくらか詳しいところまで知り得ているようだが、誰にも知られてはならないほど重要な事を、一端の教官である彼女が知っているのはおかしい。
「あなたこそ、何者なの?」
「……え……?」
マリアは言葉に詰まった。
「私は……」
「ただの教官ではないのでしょう。本当の目的は何ですか?」
彼女を責めるつもりはなかった。ただコウは、自分の置かれている状況くらいは理解しておきたかった。
「コウ様、申し訳ございません。今は、どうか私を信じてください」
「マリアさん……」
素性も知らない人間を信じろというのはおかしなことだ。
だがコウも素性の知れない人間そのもので、彼女にどうこう言える立場ではない。
「……わかりました。今は、信じます」
「コウ様!」
今はそうせざるを得ないし、選べるほどの選択肢はなかった。だから迷わずにいられるのかもしれない。
マリアは深く頭を下げた。
もしかすれば、彼女の意思ではなく誰かに命ぜられているのかもしれない。
「それでね、話を戻すけど、私は一つしか合格してないのよ」
「まあ、見習い試験なんてコウ様には必要ないんですよ?」
マリアはにこやかに言う。
「アムリアの力は実践で役に立つんです。見習いの試験など無意味ですよ」
無意味とまで言われ、あれだけ行く末に悩んだ時間は何だったのかと拍子抜けする。
「ですが、まさか本当に剣術のみで合格なさるとは思いませんでしたわ。やはり天性の力をお持ちなのですね」
「あれは……、セーレンハイルのおかげなのよ」
「セーレンハイルに認められただけで十分ですわ」
マリアは少し目を細めた。
「アムリアの能力を高めるにはより多くの精霊を知ることが重要です。初めからコウさんが合格することは決定しておりましたわ。アモン教皇やクリス司祭にも協力していただいておりましたので」
「あの二人とマリアさんは知り合いなんですね」
彼女は柔らかく微笑み、迷いなく頷いた。
「街にはティレニア機関内と違って危険な場所も多いですから、十分気を付けてくださいね」
「ありがとう。私の正体は他の誰にも言わない方がいいのね?」
「はい。私とアモン教皇やクリス司祭は知っています。何かあればいつでも協力させていただきますわ」
真剣な様相でそう告げた。
話が終わるとマリアは部屋を出て行った。
「……」
自室の空気が思いがけず重たくなり、取りあえず窓を開け放つ。
新鮮な空気を吸い、実は私は結構重大な任を背負っているのではないか、と今更になって気付いた。
──神は人々に希望を与えた。
アムリアという名の潤滑油を。
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