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第3話:3


「きみ、名前は?」

 そんな事を言った自分は馬鹿げていると思う。答えてくれる訳がないのに。

『……カ……』

「え?」

 不思議な声、というより『音』が伝わってきた。もしかして、という予感が頭を過ぎる。

『カル……ロ』

「カルロ……?」

 そう聞き返すと一瞬豆鉄砲を食らったような顔をしたが、直ぐに私の胸に飛び込んできた。
 それを正解と解釈した私は一先ず安堵する。

「そっか。君はカルロっていうんだ」

 カルロは更に喜んで頭をすり寄せている。くすぐったいと言っても分からないだろうから体を離してやると、カルロは何とか気持ちの高ぶりに耐えようとしていた。

「かわいいなぁ……でも一体何なの?」

 やはり正体は分からずじまい。
 だが、正直今はそんなことはどうでもいい。こうして温もりに触れているだけで十分気持ちを落ち着けられた。

 暫くカルロの相手をしていたが、突然耳がピクリと動いた。周囲を見渡してみても特に変わった様子は無い。

「カルロ、どうかしたの?」

 そう聞くと、カルロは飛び降りて足元の方へ行ってしまった。それを目で追うとすぐさま向こうの木の陰に隠れた。

「カルロ?」

 追いかけて木の裏側に回ってみたが、そこには何もない。

「……何よ? 急に」

 一体何があったんだろうか、と不思議そうに首を傾げた。

「こんな所で何やってるのよ、コウ!」

 急に大声で呼ばれて肩が大きく跳ねた。
 そっと後ろを向くと、廊下から見知った人間がこちらを見ている。

 

 あのちょっとキツ目の同級生、サラ=レイドルートだ。
 彼女はものをはっきり言うし、変に愛想よくしたり腹に溜めたりしないので話していて気分のいい子だった。

「サラこそどうしたの?」

「私は今町から戻ってきたところよ」

「え!? もう外に出てるの!? すごいね、さっすがサラ」

 本気で感心してそう言ったのだが、彼女は意に反して困惑、というより寧ろ苛立っていた。

「はぁ? もうって、みんな先生達から合格もらってるわよ。あなたは今いくつ合格をもらってるの?」

 顔には出ていないかもしれないが、私は今予想外の事に焦ている。
 確かこの機関から外に出るには3つ合格が必要だったはず。
 まだ合格どころかまともに戦う力すら持たない私はサラに何と説明すればいいか迷っていた。

 その間に彼女は真実を悟ってしまった。
 やたら勘が良いのも困りものだ。

「あなた……もしかして一つも合格が無いとか?」

「え? うーん、ないよ」

 隠しても仕方がないと開き直る私を見て、あのサラが呆気にとられている。

「……あなた今まで何してたのよーっ!」

 サラのキンキン声が瞬時に空へと響いた。
 軽く耳を塞いでいたので鼓膜は無事だが、第二期騒音騒動が起こればたまったもんじゃない。
 そんなくだらない事を考えているのもお見通しみたいで、サラは血管を浮き立たせながら目の前まで来た。
 豆ぐらいでは怯みそうにないサラ鬼に対し睨みという無意味な抵抗をしていたが、それも虚しく終わり、ぐいっと強く腕を引っ張られた。

「サラ!?」

「悠長にしてたら取り残されるわよ! 私が先生を選んであげるから、試験受けにいくの!」

「な!? 無理だよ!」

「うるさい! こっちよ!」

「サラぁ、勘弁してよぉ」

 最後には嘘泣きをしてみたが全然効果がなかった。
 これはもう大人しく試験を受けるしかなさそうだ。

 静かに過ごしたいと思う私の意志を無視して、周りは身勝手に動いていく。
 それもそうだ、人間なんてみんな自分勝手なものなんだと納得してしまえば楽なのだろうか。

 だが後から思い返してみれば、心のどこかで抗いたいという欲求が現れ始めたのもこの頃だった様に思う。



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あきゅろす。
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