30話 帰郷01
=== 西国レイドルート ===
「ヘルト様、もう時期お嬢様が到着されるようです」
そう言ったのは、ヘルトに紅茶を用意した若い女中だった。彼女の言葉を聞いてすぐ、ヘルトは顔を輝かせながら振り向く。
「本当かい!?」
その声はいつもより弾んでいた。女中は再度「はい」と答えると、ヘルトの部屋から出て行こうとした、が。
「カナリア、迎えに行ってくれないか?」
「わたくしは一介の使用人でございます。お出迎えならヘルト様がなさった方がお嬢様も喜ばれると思いますが……」
「今はちょっと立て込んでてね、頼むよ」
「……かしこまりました」
女中は仕方なく了承した。主の命令を受け、実行するため準備に向かう。彼女の名はカナリア=ケイスト。今はティレニアで本家を守っている執事ダイスの一人娘だ。
カナリアは自室に戻り、服を変えるため洋服棚を開いた。中には自分に不釣合いな綺麗過ぎるドレスの数々が入っている。どれを着ていこうか、ありすぎて迷ってしまう。
彼女はこのレイドルート家で住み込みをしている女中の一人。そんな一介の使用人に豪華な部屋を与え、加えて惜しげもなく高そうな服まで支給するなんて……明らかにダイス=ケイストの名を意識していると言えよう。
ケイスト家は代々当主に仕えてきた由緒ある貴族。執事といえども大変優れた家系で、ヘルトがダイスに対して強く命令することは滅多になかった。幼少の頃からヘルトを支えてきたのは紛れもなく、ダイスを初めとする年配者達なのだから。
カナリアはそんな立派な家系に産まれた長女だが、心の中では父を尊敬しきれないでいた。勿論仕事に関して父が一流であることは認めている。だが、ただケイスト家の血筋というだけで誰かに仕えなければならないという、決められた人生を歩む自分に疑問を持ち始めていた。
「どうして執事の家系なんかに生まれたのかしら……」
彼女はそう漏らしていた。
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昼下がり、太陽の光が一層強くなった2時過ぎ頃。港町メノウの北に位置する小さな町ラカンに到着した数台の馬車は、どれも目一杯に客が詰まっていた。この時期は里帰りをする者が多く、港町から大陸北の本城を目指す人々で溢れかえっていた。
その人ごみの中、金の髪を風に溶かして歩く美少女が一人。
「やっと着いたわ! あと少しの距離だし……久しぶりに歩いて帰ろうかしら」
少女は笑顔で歩き出す。すれ違う者は皆振り返って彼女を見た。だが当人は見られていることにも気付いていない様だ。煌く太陽と明るい笑顔が飛び交う反面、人の数が多いと、ろくでもない奴も現れるもの。町を歩く美少女を見つけた暇男共が、怪しい笑みを浮かべながら少女に近づいた。
「歩くとけっこうかかるのよね……やっぱり馬車を使った方が良かったかしら」
自分の体力を過信していたと反省する少女は、何気なく後ろを振り返った。
「あ、見つかっちゃった」
「──貴方達、誰?」
先ほどからずっと少女の跡を付けて来ていた暇男共は、怒った顔も凛々しい少女を見て更に痺れた。男は全部で4人。適当な服に適当な髪型……一発で職もない遊び人だとわかった。少女は怪訝そうに言う。
「ここから先は貴方達が行っても無意味よ。町に戻ったら?」
「いやぁ、それが……ねぇ?」
男はわざと躊躇う。少女はそういう態度が一番嫌いだった。
「はっきりしない男ね、しゃきっとしなさいよ!」
「あはは、そう? じゃまぁ遠慮なく」
男共はニタつきながら少女に駆け寄り、そのまま襲い掛かった。きゃっという少女の声が漏れた途端──
「ぐっ!」
その喘ぎは男のもので、少女の肩を掴んだ奴だった。だが奇妙な悲鳴をあげたのはその男だけではなかった。次々に短い声を発して男共が倒れていく。4人全員が気絶する様を呆然と見ていた少女は、事の後に良く知る声を聞いた。
「ご無事ですか? サラお嬢様」
「あ……カナリア!」
貴族レイドルート家の血を引く由緒正しき家柄の、見目麗しい金髪の美少女、サラ=レイドルート。彼女の帰郷を迎えるカナリアは優しく微笑みかけ、敬愛を尽くして礼をした。
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