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第1話:05
審査員の女性は慌てて操作し、すぐに扉は開いた。

コウは重たい足取りで出口に向かう。せめて、微弱でも何か能力があれば救われたのに。こんな貧弱な自分が、剣や槍を操るなんて無理にもほどがある。

開かれた扉から、強い外界の光が差し込んでいる。表に出ると案の定急な眩しさに目がついていけず、真っ白に映った。

「えっと、次は何の検査ですか?」

何か言われると傷つきそうだから先手を打ってみたが、意外な答えが返ってきた。

「他の検査は…必要ありません」

「どうして? 何の反応もなかった場合はどうしたらいいの? 私はやっぱり…普通の人間だもの。軍人には向いてないってことなのかも」

「いいえ。いいですか? この水晶には人間の持つ生命力なども映します。生き物が触ればまず生命力を示す青色に変化するのです。貴女の場合は、何も映らなかったのではなく、映せなかったのです。とても大きな力にかき消されて」

もっと具体的な説明をお願いしたいが、彼女も何か「言うに言えない」といった複雑な顔をしている。彼女の答えを待っていると、突然検査室の扉が開いた。司祭らしき服装をした人達がぞろぞろと入り、最後に金の長髪男性が入ってきた。

「一般に、自然の摂理を越えた力だと言われているようだよ」

「あなたは…きっ、教皇!? どうしてこのようなところに!」

現れるはずもない人物を目にして、女性教官が驚愕している傍ら、コウは全く意味も分からず傍観していた。

「こんなところで何をなさっているんですか! 本国からは…っ!?」

「まあまあそう焦らずとも。ちゃんと本国の了承は得てきたのだから。それより、ちょっと頼みごとをされてね」

教皇と呼ばれるには若すぎる、長い金髪の男が振り向くと、コウはとっさに身を引いた。少しタレ目の瞼の奥に、淡い菫色の瞳が覗く。一目で「女タラシだ」と感じたコウの考えは、実は当たっていた。

「君がアレなんだ? ふぅん、普通だなあ」

金髪の彼がとても失礼なことを言い放つので、普通がそんなにいけないのか、という目で睨み返した。だが、少女に睨まれたくらいでは、男は簡単に怯んだりしなかった。

「ええと。君は名前を何というのだっけ? おかしいなあ、ついそこまでは覚えていたんだけどね?」

なんて茶目っ気を出してくるこの男を、そろそろ叩き落としてやりたいと思いながら、必死で心を落ち着かせる。ひとつ、ふたつ、深呼吸をしたところで、コウはしっかりと教皇を見つめた。

「私はコウといいます。それで、自然の摂理って何ですか?」

聞き慣れない言葉に興味を持ったコウは、執拗にそれを聞きたがった。それが意外だったのか、教皇は少し考えている。

「んんと……あれはね。君には世界中探してもない程特殊な力があるってこと、かな」

「そんなの…ある訳ないわ。私は普通の人間なのだから」

「信じてもらえない…かな? とても凄い能力なんだよ。それこそ、私を凌ぐ勢いで……」

「悪いけど、私は貴方に勝てる気がしないわ」

教皇の護衛に付いている数人の司祭がぴくりと反応し、禍々しく強烈な殺気を飛ばす。生意気な小娘だとでも思っているのだろうか。

教皇は司祭達を制して、コウの目を射抜いた。

「確かに、君のその力はある条件でないと意味を持たないからね。今の君には何の役にも立たない能力だよ」

教皇の対応はとても柔らかく、表情豊かであった。

「条件というのはね、君は他の人間と同じ様に精霊と契約を結ぶことはできないけど、精霊を扱う精神力だけはあるということさ。簡潔に言うと、精霊達の力を増幅させれるってことかな」

自然界のもの全てに宿るとされる精霊の力を借りるには、ある「契約」を交わさなければならない。そうすれば炎や水を自由自在に操れるという。適正検査は本来、それらの適正な属性を見極めるのに用いた。

「精霊の力を増幅できても、あまり意味がないよね…?」

「…そうかなあ? 考え方次第だよ、何事もね」

「それに、精霊ってなに?」

そう問うと、教皇が驚いて口を開いた。

「精霊が見えない? そんなはずはないんだけど…」

彼は顎に手を当て、云々と唸りながら様々な思考を繰り広げていたが、突然「そうか! だからか!」と手を叩いた。

「君は精霊と接触できる唯一の人間なんだ。そういうのを聖女とか神の使いとか言うけれど、正式名称は“アムリア”。精霊の王を意味するんだ。今は何も出来なくても必ず必要とされる日がくる。だから決して自分自身を低く評価してはいけないよ」

「言われなくても、自分を安売りする気はないけど…」

だが確かに、彼の言う通りやる気が失せていたのは事実だ。

「精霊の王って、何かわかるかな?」

「さあ…知らないわ…。貴方のことを疑っている訳ではないけど、王だとか言われても、ごめんなさい、信じられないの。私は、私にできることをするわ」

「ふうん…あいつが気に入ったのもわかるな」

「…あいつ?」

何かを思い出しながら言う、その表情は今までにないほど穏やかだ。

「いや、なんでもない。無理しない程度に頑張るんだよ」

最後にそれだけを言い残し、教皇は司祭達を連れて部屋を出て行った。

検査の女性はすっかり呆けている。

まるで凪のような人だった。



第1話「ティレニア」[完]

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