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30話 帰郷17


=== 地下室 ===


 薄暗い部屋で、二人の兄妹が向かい合って立っている。彼らは互いに真剣な表情を浮かべていた。

「資格試験は実技が重要視されるんだ。まずはそれに対応出来るよう、炎精霊を鍛える。サラ、準備はいいね?」

「はい、お兄様」

 ヘルトの声にはまだ躊躇いがある。だがサラは、誰よりも強く決心していた。

「ゼオロード」

 サラが呼ぶと、彼女の肩に小さな炎竜が浮き出てきた。ヘルトも久しぶりに見るらしく、僅かに瞳を揺らす。

「久しいね、ゼオロード」

『ヘルトか。こうして対峙したのはどれくらい前だったろうか。あまり感覚がつかめんな』

「……そうだね。あの時の君はまだ封じられてはいなかったから」

 サラは炎竜を見つめた。説明を加えて欲しそうな目で。

「ゼオロードとお兄様、一体どういう関係なの?」

『サラ、お前には言っていなかったな』

 ヘルトの契約精霊は氷。異種の炎精霊を見られるはずがない。だが彼の瞳は確かにこの小さな炎竜を捉えていた。

「お兄様にも見えるなんて……貴方そんなに強い力を持っていたかしら」

『制御させた人間が近くにいるから少し高ぶっているだけだろう。本来は彼にも見えないはずだからな』

「制御……?」

 サラは訝しげに聞き返す。炎竜は応えず、目の前のヘルトに視線を移した。

「サラ、私も驚いたよ。君がゼオロードを連れてきた時は……」

「……え? 連れて……って……」

「サラはまだ随分小さかったからね。覚えてないだろうけど、その炎竜精霊を連れて来たのは君だよ、サラ」

『というより、私が付いて行ったと言った方が正しいな』

 炎竜は目を細め、優しくサラを見つめた。精霊が自らすすんで人間に付いて行くなど、理由は一つしかない。

『とても私と精神の波長が合っていたのでね、小さな少女に惹かれてついつい付いて行ってしまったんだ』

「ゼオロード……それ本当?」

『本当だとも。まさか、サラは私がたまたま軍事機関周辺に居たと思っていたのか?』

「だって……! 契約してくれる精霊を探すのに必死で……。まさか貴方がずっと私の傍に居たなんて……」

 サラは昔を思い返す。確かに記憶には少し残っている、赤い竜と過ごした時間。だがそれは、もうずっと昔の話で、まさか今の今まで自分の傍に居たとは知らなかった。

「あの頃の事、あまり思い出さない様にしていたから……だから深くは考えなかったわ。そう……あの時の精霊が、今もずっと私を支えてくれているのね」

 気付かなかった悔しさもあるが、それよりもずっと自分を見てくれていた者の存在を嬉しく思った。

「それで……制御って何の事なの?」

「ああ、ゼオロードはね、炎竜の中でも特に力を持つ精霊だったんだ」

「特に力を? そんな感じには見えないけれど……」

 サラはじぃっと精霊を見つめる。だがどう見ても子竜にしか見えない。

「今は、ね。いくら何でも彼ほどの力を持った精霊が人間と接触するのは危険だから。それで及ばずながら私が彼の力を制御したんだ」

 ヘルトは胸袋に手を入れ、何かを取り出した。それを見せられたサラは、その物体の名を思い出す。

「まさか……ブルーレース!?」

 精霊の力を極度に制御できる、人の造りし封縛道具。その一つがブルーレース。青く光る小さな宝石を凝視しながら、サラは全てを理解した。

「お兄様がゼオロードの力を制御したのね。強さを隠す為に……」

「サラ、あのままでは君の生命力までをも精霊に奪われてしまいかねなかったんだ……」

 何もかもを隠していた事実を突きつけられ、サラは誰かに罵りたい思いで一杯だった。……だが、今一番必要な事は、誰かを責める事ではなく、全てを受け入れる事……。

「いいの、お兄様。炎を鍛えると言うのは、ゼオロードの封印を解く事だったのね」

「……ああ」

 サラは昔から聞き分けの良い子。だが別に無理して演じていた訳ではない。父や兄の足枷にはなりたくないと、子供ながらに思っただけだ。

「一度、ゼオロードとの契約を解除しなさい」


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