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第1話:04
そしてばらばらと前に列が出来ていく。その様子をぼうっと眺めていると、この機関の従業員と思われる女性が近づいてきた。

「コウ様、フレアン様より手紙を預かっております、どうぞ」

「フレアン? ああ、あの時の兵士…」

自分をここまで連れてきてくれた人の名だ。忘れるはずもない。軍事機関へ案内してくれた後は、さっさとフィナの町に戻ってしまったから、お礼も言えていない。

「私みたいな素性も知れない人間の面倒を見るなんて、どれだけ暇な…親切な人なんだろう」

彼からの手紙には、やはり意味不明の言葉がズラズラと並んでいたが、頑張れ、と言ってくれているのは確かだった。

「コウさん、貴女で最後ですよ! 鍵取りに来てくださあいっ」

「はいいっ! ごめんなさい!」

マリア=モールが泣きそうな声で呼んでいるので、駆け足で鍵を取りに行った。彼女から部屋の鍵を受け取り、何気なく周囲を見渡すと、既に生徒の姿はなく、清閑としていた。コウは鍵をポケットに仕舞い、中庭へ移って4号館を目指した。

中庭に入ると、そこで再びアークと出会った。

「よ、コウ。説明会には間に合ったか?」

「うん、なんとか…。あの、4号館の入り口はどこにあるのかな。どう見ても壁しかなくて…」

中庭の真ん中でぐるりと見渡しても、入り口らしいものはどこにもない。

「入り口? コウの目の前にあるじゃないか」

アークは何もない壁に向かい、さもここだと言わんばかりに笑顔を向けてくる。

「ほら、ここ触って」

 笑みを浮かべながらそう言われて、仕方なく探りながらも壁に手をつく。

「何があるっていう……えっ?」

コウが壁に触った瞬間、ちょうど人が一人入るくらいの部分の壁が消えた。向こう側には普通に生徒が歩いていたが、こちらを見てクスリと笑った。

「な? あっただろ?」

「あったけど、一体何がどうなって」

「ああ、そういう細かいこと気にしてたら大変から。 気楽にな、気楽に」

アークは結構適当な奴だと思う反面、ここまで面倒を見てくれたのは随分親切なもので、それがおせっかいなのかどうか、コウには判断できなかった。

「まあ、いっか。ありがとうアーク、私は部屋に行くね」

「おー、また何かあったら言えよ」

ブンブンと手を振っているアークは、まるで子犬だった。
しかし、入り口一つでこの有様だ。先が思いやられると、コウは小さく溜息を吐いた。

無事に自分の部屋に辿り着けたコウは、度重なる緊張にどっと疲れが現れ、ベッドへ飛び乗った。軍事機関へ来てから数日が経つ。慣れないものは慣れないままで、やはり記憶は全く戻らないという絶望的な状態だった。

「……疲れたよう」

仰向けになって目を閉じると、つい先ほどまで呪文のような言葉を捲し立てていた議長のことを思い出した。彼女が説明していた事は何であったかと思い返すが、見習いがどうのこうのという話までは思い出せたが、それ以外の細かい規則などは全く記憶にない。

「ああ、もう…いいや。そんなに大した事は言ってなかったはずだしね」

そう気持ちを持ち直し、コウは今後の事を考え始める。普段、何事もおざなりにしがちな自分には珍しい兆候だ。
己に合った戦略を考え活かせというが、この貧弱な体では体力勝負も出来ない。腕力も無いので剣や斧を振り回すことなんかできないし、魔法使いや神官になるには素質が必要だと言う。魔法の素質なんて絶対に無いと確信できるし、神官などは毎日のお祈りが大変そうだ。朝早く起きられないコウにとって、早朝のお祈りなんて拷問以外の何者でもない。


「…とりあえず、明日は能力テストを受けてこようかな」

やはりいつも通り投げやり発言が生まれたが、眠気には勝てない。それほど柔らかくはない布団に包まった。

*****

翌朝、何の能力もなかったらどうしようかと不安を抱えながら、コウは支給された服を着る。小さな木製のテーブルに朝食を置き、食欲をそそるハムの匂いを嗅ぎながら椅子に座った。

この機関では、朝食は各部屋ごとに運ばれてくる。「至れり尽くせりですね」と言ってみたら、「こうしないと戦士同士の言い争いなどで館内が荒れますから」と答えられた。

恐ろしいことを言う人だ、などと呑気に思っている場合ではない。つまり、自分はその恐ろしい現場に武器もなしに放置された状態なのだから。私と同じ初心者であれば問題はないが、皆がそうではない。むしろ私など簡単にひねり潰せる人間はたくさんいるだろう。

憂鬱な気分で朝食を済ませると、足早に中央ホールへ向かった。

能力診断をしている部屋まで行き、カウンターの女性にカードを見せる。私がこの教育機関の生徒であることを示すもので、昨日部屋で見つけた。

指示された場所に行くと、魔導士の様な黒いローブを着せられた。歩きづらい格好は嫌いだが、検査を受ける身で文句など言えない。何の植物で出来たものかと思案していると、突然目の前の扉が開いた。

「中へ入ってください」

扉の向こうは真っ暗で何も見えない。躊躇うコウに「大丈夫です、害はありませんから」と検査の女性は言う。半ば強制的に中へと入れられ、中に入ると直ぐに扉は閉まった。自分すら見えない、真の闇が広がっていた。

しばらくすると、闇の中に明りが一つ浮かんだ。近寄って見てみると、それは丸い形をした何かの塊だった。

「何これ?」

「コウさん、その水晶に触れてみてください。その反応の仕方で診断しますから」

「!?」

誰もいないと思っていたところ、突然先ほどの女性の声がするものだから、コウは驚いてろくに返事もできなかった。

「触るだけでいいんですね?」

こんなものに触ったくらいで何が分かるんだろうと疑いながら、コウは思い切ってその水晶に触った。

「ねえ、何も起こらないよ?」

私は少し不安になる。もう一度触ってみる。ついでに撫でてみる。──が、やはり変化はない。真っ白な水晶は色も形も変えず、闇に浮いている。強い不安が私を襲う。だって何も起こらないということは、つまり私には何の能力もないということで。

いつまでたっても次の指示が得られない。女性の声はしたが姿は見えないので、恐らく遠隔操作しているのだろう。こちらの声も届いていたようだし、コウはどこに向けるでもなく「あのー」と遠慮がちに言った。

「……はっ!! す、すみません、すぐに扉を開けます」



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あきゅろす。
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