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第1話:02
開いた口が塞がらない。自分が軍人など、それはとても無理な話だ。自分で言うのも悔しいが、この貧相な体格を見てどこが軍人に相応しいというのか、是非とも教えてもらいたい。
ごちゃごちゃと考えているコウの耳元で、兵士がぼそりと囁いた。

「そういうことにしておくんだ。後で説明する」

「っ……、は、はい」

反論を許さない強い口調に気圧され、コウは言葉を詰まらせる。このフレアンという男、町人からは信頼を得ているようだが本当のところはどうなのだろう。見た目親切で、人の良さそうな人間に限って必ず裏があるものだ。

町を通り抜け、人気のない路上を器用に潜り、衛兵フレアンはどんどん足を進める。彼の背を追いかけるだけのコウは、何故か走っていた。これが歩幅の違いというものなのかと一人悔しがっていると、フレアンの足が急に止まった。

「び、びっくりしたー。何よ急に」

顔が強張っているコウをに気にせず、フレアンは淡々と話し出した。

「本当に自分が何処から来たのか分からないのか?」

躊躇い無く核心を突いてきた。恐らく自分の事を疑っている。名前しか覚えていない人間など、確かに信用出来ないだろう。
コウは返事も曖昧に、ずっと相手のことを考えていた。

フレアンが身に付けている鎧や剣は、なんて物騒なんだろうと思う。しかし、町の人は彼を見ても何の反応も示さない。

「分からないというか、思い出せないというか……」

その声は心なしか震えていた。自分が本来いる場所ではなく、全く違う場所にいるという感覚がどうしても拭えない。

「恐らく記憶の一部が消えたんだろう。私は専門家ではないからはっきりとは言えないが」

彼も本気で悩んでくれている。少し安堵はするが、だからといって状況が変わる訳ではない。

こういう時は何に従えばいいのだろうか。自分には家族の記憶すらない。部分的に失うなら大事な部分は覚えているはずではないか? それなのに、こうまですっぱり忘れているとは、家族なんて存在したのだろうかと疑いたくもなる。そう考えると無性に悲しくなった。

だが涙は出さない。泣いても状況は変わらないもの。

ぐっと喉を鳴らして涙を堪えた、その時、広大な草原に風が吹いた。コウは、緩やかに湾曲した丘の上で、気ままに揺れる草花に、にこりと微笑み返した。なんだか、自由な彼らが羨ましくなって…。

そんなコウの様子を、じっと見つめていたフレアンは、この時間がずっと続けばいいのにと無意識に感じていた。はっと我に返って、ゆるく首を振る。
フレアンは何かを決意したように、コウに向かって重々しく口を開いた。

「私が…君にしてあげられる事は、2つだけだ」

真っ直ぐで深い緋色の瞳に囚われてしまいそうになった。柔らかな風が少しこそばゆくも感じたが、コウは黙って彼の話を聞く。

「1つはこのまま城の留置所に行って保護してもらうか。もしくは私の紹介で軍事学校へ入るか、だ。どうする…?」

さて、どちらがいいかと言われても、直ぐに応えられるはずが無い。結局、彼の提示した選択肢というのは、同じことのような気がした。留置所というと、牢屋みたいな所で生活するという事だろうが、そんなことは嫌だし、きっと耐えられない。だからと言って、自分に軍人が勤まるとも思えないコウは、それでも牢に入れられるのは勘弁してほしい、などと我が儘なことを考えていた。

結構な時間を悩んでいたが、フレアンは答えを催促しようとは決してせず、ただ静かにそこに居るだけであった。

ここで選べと言うからには、後には選択の余地が無いという事じゃないだろうか? 彼が何処の誰なのかそんな事も知らないけれど、どうも嘘を吐いている様には見えない。

「その…軍人って、お金とかもらえる?」

「……ん?」

質問に対して質問で返され、兵士は僅かに口元を下げた。恐らく何を言い出すんだろうかこいつは、とでも思ったのだろう。

「だからね。軍人になればお給料とかもらえるの?」

「ああ、まぁ…見習いくらいになればな」

「じゃあ、なります。私、その軍事なんたらっていう学校へ行くわ」

「…それで、いいのか?」

自分が言い出したことだが、兵士は驚いた。勿論、コウの切り替えの早さに。おいおい金の問題か? と思ったが、現実問題その思考は正しいのかもしれない。

しばらく一人の世界に入り浸っていて兵士は、明らかに不安そうなコウに気付いて、あわてて険しい顔を崩した。
そして、コウの不安を拭い去るかのように、彼は小さく笑った。

「軍事機関に入れば寝食には困らないし、そのうち金も稼げるようになる。だが、一度入ってしまえば…引き返せないがな」

「むむ…。でも私、やるって決めたら絶対何が何でもやるの。上手くいくかなんて二の次!」

何の根拠もないのに堂々と答えた。

「とにかく前へ進んで行けば何かを得られるはずだもの」

今はそう信じるしかない。それは、この世界に関して無知の自分を最大限守る方法だと思う。

彼はコウをじっと見ていた。兜の端から少し見える緋色。赤い、燃えるような瞳。それがとても綺麗だった。

「…分かった。君を連れていこう。軍事最高機関ティレニアへ」

それがコウの新たな人生の始まりだった。




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