30話 帰郷16
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「え? サラが?」
その日の夕食時。食卓にサラの姿が見当たらないので、カナリアに行き先を尋ねたところ、返って来た言葉は──
「はい、サラお嬢様は只今自室に隠っております」
「何で急に……」
突然言われても、訳が分からない。コウはパンを千切りひとつ口にくわえ、カナリアを見た。
「詳細は分かりかねます。ですが、軍へは行かずここへ留まる事を決されたとか」
確かにその事でサラは悩んでいた。だがあの間に解決していたとは知らず、コウは手に持つパンを全て食す。
「サラがここに留まる……って事は、これからずっと一緒に居られるって事かな」
「そういう事でしょう。ただ、今のままではそれも叶いませんが」
普段から真面目なカナリアだったが、今は更に深酷な表情をしていた。
「どういう事? 今のままじゃ駄目って」
「もし、サラ様がリュート二ア家の血筋だと世間に公表されるなら、良くも悪くも世に曝される事になるでしょう。そうなれば彼女も何か抵抗する力を持たなくてはなりません」
「抵抗する力……サラがあれ以上強くなったら困るよ」
これは冗談でも何でもなく、サラは今でも十分強い。本試験で初めて彼女の魔法を見たが、威力は明らかに見習いを超えており、賢い戦略を考えるだけの知識もある。それ以上に何かを求めるというなら、それは一体何なのか。
「国家魔法士という資格をご存知ですか?」
いつの間にかカナリア講座が始まっていた。カナリア先生に「わかりません」という顔を向けると、予想通りだったのか、彼女は淡々と話し始める。
「西国、帝国、東国の三国に認められた正式な魔導士の事です。資格試験は多種あり、非常に優れた魔導士でなければ取得出来ません。私の知る限りではヘルト様と、帝国にいる若干名のみかと」
西の賢人ヘルトでさえ、資格取得には手こずったと言う。恐らく世界で最も難しい資格試験。サラはそれを目指すというのか。
「どうしてわざわざ大変な事をするのかな。サラはこれからどうするつもりなんだろう」
「サラ様は、リュート二アの人間としてアムリアを護ると、そう仰っておりました」
カナリアは顔色を変えずに答える。
今、何と言った? 精霊の王を守護する一族としてアムリアを護るなど、どう考えればその答えに辿り着くのか。サラ程の能力者なら軍に入っても相当の待遇を受けるだろう。それが、生涯誰かに、しかもこの無能な私に仕えるなんて、サラは一体何を考えているのだろうか。
「それがサラの本心なの……?」
「サラ様のあのご様子では、間違いないかと」
躊躇ないカナリアは、事の重大さが分かっていないのか。いや、違う。身に染みるほど分かっているのだ。精霊の王という存在がどれ程周囲に影響を与えるのかを。
「それでサラが修行しているのね? やはり相手は」
「ヘルト様直々の教えです。取得出来ない筈がありません」
カナリアの口調が少し弾んだ。誇らしげにしている彼女は何だか少し可愛い。
「そう、ですね……サラが決めた道なら、私は何も言いません」
そう言いながらも、やはり少し安否が気になる。そんなコウの様子に気づき、カナリアは優しく声を掛けた。
「サラお嬢様は自らの意思でやり遂げ様となさっています。きっと大丈夫ですよ」
その言葉を聞き、コウはにこりと笑顔になる。
「ありがとう、カナリアさん」
「え?」
「ううん、何でもない」
突然の礼をどう解釈していいか分からず、カナリアはコウの飲み物を継ぎ足す。
「ここの葡萄美味しいね」
「ええ、葡萄の名産地ですから」
「そうなんだ。じゃあ……はい、カルロもどうぞ」
と言いながら、皮を剥いた葡萄を一つ差し出した。隣に座っていた緑の精霊カルロは、ちょっと驚いていた。
『何を急に……』
「え? だってこの間剥いて食べさせてくれたじゃない。そのお礼」
『…………』
カルロは無言でコウを見やり、深く溜息を吐いた。そして小さな口を少し開ける。その中に、熟した葡萄を放り込んだ。
「美味しい?」
『…………』
「美味しくない……?」
『味はどれも一緒でしょう』
「何よ、感じ悪いわね」
カナリアは精霊と戯れるコウの様子を横目で見ていた。彼女が精霊界の統率者、精霊の王。こんな見た感じまだ少女の面影もあるという子が、世界の希望と責任を全て背負うなんて……。
初めて会った時も感じた、自分との差異。それはいつまでもカナリアの心を締め続けた。
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