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30話 帰郷14*


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 帝国と南大陸に挟まれた海洋に、海鳥の鳴き声が飛び交っていた。海の上には6隻の帝国船と、黒い点が散乱している。
 この殺伐とした情景の中、たったの2人だけがかろうじて船の上に立っていた。
 船の数からして明らかにおかしな人数だが、これには訳がある。

「何だったのかしら、この人達」

 マリアはそう溜息混じりに言い放った。彼女の問いに答えるように、レッドが笑う。

「ははは、正に海の藻葛だな」

「冗談じゃないわ、いきなり襲ってきて。一体何だというのよ」

 マリアは海に浮かんだ数十人の死体を眺めた。その目はとても冷酷で、かわいらしい唇から発せられるようなものではない言葉を吐く。

「この私を襲うなんてアホなんじゃないかしら」

「まぁそう言うなよ。こいつらだって俺らを襲う理由があったんだろうからよ」

 荒波に呑まれていく死人と、海に溶ける
大量の血。それらから視線を反らし、レッドは船床に座り込んだ。

「どうするの? この船もう動かないわよ」

「別にいいじゃん。このまま二人で大海洋を漂流──」

「絶対嫌よ」

 マリアは顔に貼りついた髪を払い、黒い手袋をはめる。それは彼女にとって戦いの終結を意味し、彼女こそが、この海に浮かぶ者達を冥界に送った張本人でもあった。

「全く、奇襲とはいい度胸だぜ」

「ええ本当に。でも、おかしいわね」

 女は目の前に倒れている血だらけの男を見た。本当はこの男から事情を聞き出すつもりだったのだが、少し目を放した隙に、舌を噛んで自害してしまった。

「こうも身元を証明するもんが除かれてりゃ、逆に探りやすそうだな」

 航海中の彼らを襲った謎の賊の足取りもつかめず、レッドは帰国後に受けるお叱りを思い憂うつになった。ふと目に入ったマリアは、海の向こうを眺めていて、紫紺の瞳が美しく、水面に反射した日差しがいっそう彼女を耀かせていた。しかし、その表情は沈んでいた。
 マリアは生き急くように呟く。

「この事を早くリセイ様に知らせなければ」

 一介の軍人を狙っての事ではないだろう。これは、もっと大きな力が働く事態のはず。ならば本当の目的は、何者かの矛先にいるのは、自分達の主しかいない。
 マリアは目を瞑り、祈る。

「…ああっと、その必要はないみたいだぜ」

「え?」

「ほら、あれ」

 レッドの言葉につられて海を見ると、海洋の北側に大きな海船が浮かんでいた。その船の帆にはよく知る紋様が描かれており、それはマリアの服にあるものと同じだった。

「もうお気づきでしたのね…」


「みたいだな。さっすがリセイ!」

「ちょっとレッド、いい加減敬称を付けたらどうなの?」

「いいじゃねえか。リセイは歳下なんだし」

「貴方はリセイ様の部下なのよ。年齢なんて関係ないわ」
「まぁなぁ…、そうは言うが、これはリセイが言った事だしな」

「…リセイ様が?」

 マリアは訝しげに聞き返した。レッドは本当だと言い張るのだが、彼は普段から嘘つきなので信用できない。
 ただ、昔を懐かしむように話し出したレッドを見ていると、これは本当のことなのだと分かった。

「俺が神騎士団に入団した時、つい呼び捨てにしちまってな。でもリセイは笑いながら“面白い”って言ってさ。それから敬称はいらないって、言われたんだよなぁ…」

「はぁ。リセイ様はそういう事はあまり気になさらないから」

 深く溜息を吐くマリアをよそに、レッドは徐々に近づく本船に大きく手を振り、自分達の無事を伝えた。

「何にせよ、無事に帰国できそうでよかったぜ!」

「ええ…そうね」

 勢いよく立ち上がり、マリアの肩を軽く叩く。それは小さな励ましの意味を込めており、受け取った彼女も少し笑顔を見せた。
 壊れた小舟の傍に寄せられた本船から、数人の騎士達が安否を気遣う中、2人は苦笑いながらも本船に乗り込んだ。

 この2人は帝国神軍総指令官の側近であり、それらを総称して神騎士団と呼ぶ。
 自軍からも恐れられる狂戦士レッド=ガーナモント、そして覇王の影マリア=シーモア。
 2人の帰国途中に起こった事件は、今までとは明らかに違う、何かの前兆だった。






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あきゅろす。
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