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30話 帰郷13 揺らぐ焔


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「カナリア……?」

 サラが自室を出た直後、廊下に侍女の姿があった。サラは彼女に歩み寄る。

「こんな所でどうかしたの?」

「いえ……」

 明らかに顔色がすぐれないカナリアに心配になるが、彼女がいつもの笑顔を見せたので、とりあえず大丈夫という事にしておいた。

「ねえカナリア。私、今までで一番気分がいいの。誰かの為に頑張るのって、素晴らしい事なのね」

「……え? それは……」

 サラの決意を表した強い視線が、カナリアを射抜いた。それに戸惑いながらも、廊下を歩き出すサラの後ろついて行く。

「サラ様、一体何があったのですか?」

 カナリアの質問には答えず、サラは堂々と歩き進んだ。無言でいるという事は、黙って付いて来いという事だろうか。カナリアはそう解釈し、ただサラの背中を見つめていた。


 === 大広間 ===


「お兄様、お話があります」

 大広間には、書類の整理をしているヘルトの姿があった。急に真剣な声で呼ばれ、彼は眼鏡を外してサラに向き直る。

「どうしたんだい?」

「私に、国家魔法士資格取得の技を教えてください」

「──サラ……?」

 ヘルトは目を丸くした。その反応を予想していたサラは、迷いなくもう一度言う。

「国家魔法士の資格を得てリュートニア家の主戦力となり、精霊王アムリアを護る任を負います」

「な……なにを!?」

 ヘルトが珍しく声を荒げる。周りの使用人達も何事だと騒ぎだしたが、ヘルトは気にせず続けた。

「自分が何を言っているか分かっているのか?」

 彼が言いたい事、それは誰よりも愛する妹が、血生臭い戦場へ幾度も行くという事で。
 アムリアに関与すれば必ず命を狙われる。それは二千も昔に証明された、不条理な結末だと知っていた。リュートニア家の人間は、どの時代も他者から妬まれ、地を這うような人生を歩んできたのだから。

 しかし、サラにその任を負わせるなど、それだけは家族全員が否定した事だった。だから十何年も彼女をリュートニアから遠ざけたというのに。

「もちろん、私なりに解釈しております。これは人と精霊の確執に関わることだと」

「それがどれ程危険な事かも、分かっていると?」

「……はい。精霊の王として世界にコウの名が知れ渡れば、きっと多くの陰謀が絡み、他国が戦を仕掛けるも必至。そうなれば一人でも多くの戦力が必要となるでしょう。私は彼女を護る盾となり、この命を捧げることに迷いはありません」

 サラは頑として譲らない態度で心の内を話す。それを聞いたヘルトは肩を震わせていた。
 軍人になる事を許したのは、サラが軍幹部としてやっていけるだけの頭を持っていたからで、もし彼女がこれ程までに賢くなければ軍人でさえ許していなかっただろう。能力主義の軍だからこそ、サラなら捨て駒でなく、上級戦士として逆に護られる立場に立てる。

 けれどサラの望む事は、人の盾になり命を落さなければならない役目。そんなもの、許す訳にはいかない。

「私も父も……そんな事のためにお前を育てたんじゃない!」

「いいえ、私の人生は誰のものでもありません! たとえお兄様が反対なさろうと、諦めたりは──」

 ────ダンッ!!

 サラが止まらぬ勢いで言葉を放つ中、固い机を叩く音が大広間全体に響き渡り、騒いでいた周囲も唐突に静まり返った。ヘルトは打った衝撃で痛む手など気にも留めず、静かに鋭い蒼瞳を向ける。

「サラ、何故だ」

「……お兄様の気持ちは重々承知です。これがお母様の意に反していることも。ですが、どうか自分の道は自分で決めさせてください」

 ヘルトは言葉も出ず、力なく座り込んだ。兄の落胆を見て心を痛めるものの、サラは頭を振って自分の意思を伝える。

「今でもお兄様のために役に立ちたいと思っています。でも、それ以上に譲れない役があるんです」

「──?」

 なんて愚かなのかしら。あの子は誰のものでもないのに、身勝手にもこの心を満たしたくて。

「一番近くでコウを護る役目は、他の誰にも譲れません。これから先何が起ころうと、この私が護ってみせます」

 サラは大きく息を吸う。体内に取り込んだ透明な空気を感じ、決意を固める。

「コウが世界と戦うというのなら、私も共に戦うわ」

 その言葉に、嘘はない。

「サラ……」

 ヘルトは、目の前で誇らしげに笑う少女を見つめた。今までこんなに嬉々としたサラの表情を見た事があっただろうか。いつも何かに遠慮して、平気だと笑う。小さな頃から優秀で、本当に手のかからない子だと思っていた。だが、それは違う。その分彼女の心は闇を秘め、少しずつ少しずつ変わってしまった。それを気付かせたのが、コウだったのだろう。

「今の私では十分に彼女を護れないわ。だから資格を得て証明したいの。コウを護るのは他の誰でもない、私だと。お兄様、ご指導お願いします」

「…………わかったよ」

「お兄様っ!」

 兄に認めてもらえた事を素直に喜んだサラは、輝かしい笑顔を咲かせた。

「だが、決して楽な道ではないよ。それだけの覚悟があると見て、私も指導するからね」

「──はい、よろしくおねがいします!」

 脅しにも怯まない。これは本物だ。そう感じたヘルトは、自分の知らぬ間に成長していく妹の姿を見て、少し寂しくも感じていた。


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