30話 帰郷12 揺らぐ焔
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「はぁ……」
重たい溜息を吐く少女、サラ。端正な顔に似合わない暗い表情を浮かべながら、彼女は頬杖をつく。
「どうすればいいというの」
今までは何も考えずに軍人への道を突き進んできた。けれど、恐らくそれは許されない。
兄は構わないと言うけれど、人類史上最上の秘密を守る一族だと知りながら、それを露呈する可能性のある軍人などになれるはずがなかった。
兄が他国から牽制される立場に立たされてしまわない様、自分は何が出来るのか。
「私のしたい事、守りたいもの……」
そう考えた時真っ先に浮かぶ顔は、今までなら兄や父の事だった。だから何も迷わず来れたのかもしれない。だが今は──。
「まさか本当に、コウに会えるなんてね……」
コウが機関から除名されたと聞いた時、一瞬にして頭の中が真っ白になった。まるで心にぽっかりと穴が空いたみたいで、そんな空虚さをずっとずっと感じていた。
そして──
もうあの子に会えないんだと思った時……知らずの内に涙が零れ落ちていた。もう会えない、彼女の優しい言葉を聞く事も、穏やかな笑顔を見る事も出来ないなんて、そんな毎日は嫌だ、と。
探しても探しても手がかり一つない、初めからここには居なかったみたいに私の前から消えてしまって、神様は何て酷いのだろうと罵りながら、何でも良いからあの子に逢わせてと……柄にも無く祈っていた。
「コウの馬鹿……どれだけ心配したと思ってるのよ……この私が、どれだけ──」
『サラ、何を泣く』
サラの元に寄り添う小さな精霊は、子供くらいの大きさで、赤い体を持つ四翼の獣。彼はサラの契約精霊、炎属の竜種、俗称炎竜。大人になれば数十メートルは軽く越える、非常に戦闘能力に優れた精霊である。
彼らの種族は東大陸に特に多く見られるが、軍事機関では熟練戦士が望んでも手に入らない貴重な種族だった。
それなのに何故、見習い上がりのサラが彼と契約しているのかは、これより少し時を遡る事になるが。
「ゼオロード」
呼ばれた精霊は嬉しそうに主人に擦り寄る。それを優しく見つめるサラは、やはりまだ気持ちが不安定ならしく、いつもより強く精霊を抱きしめた。
「あの子、本当にあの精霊の王なのよね……」
本来なら厳重に守られるべき彼女が、機関ではその身を盾にし仲間を守った。どんな強敵であったとしても、少しも恐れる事なく、ただ目の前に立ち塞がるものを見据え、切り抜けていく……。
どうしてそんなに強くあれるのか、サラには分からなかった。
だからこそ、それがコウの魅力でもあったのだろう。
「貴方はコウをどう思う?」
『……まだ会ったばかりだからな。何とも言えないが、悪くは無い』
炎竜ゼオロードは首を傾けて答える。どの答えが一番か、まだ彼も整理がついてない様だ。
「あの子に会えた時ね、私死ぬほど嬉しかったの。本当に、本物なんだって気付くまでかなり時間がかかったわ。けど、咄嗟に体が動いてくれなかった……」
『刺激が強すぎたか? あのアムリアは今までの王よりも大分強い力を持っているからな』
ゼオロードは昔を懐かしむ様に言葉を紡ぐ。それを見て、サラはもう一つ腑に落ちない事を吐き出す。
「私ね、アムリアって精霊だと思ってたの。だって精霊の王なんでしょう? なのに何故王だけは人間なのか……不思議だわ」
『それは我ら精霊にも知り得ぬ事だ。神がそうさせたのだと、無理やりに納得している部分はあるがな』
精霊にも分からない事があるのだと知ったサラは、少しだけ彼らを身近に感じて嬉しく思った。
そう、何故精霊王の魂が生物に宿るのか、それは誰にも予想出来ない、ある種の奇跡。
「あの子が行く道はきっと、とても険しいわね……」
そう思う度に、深みに填っていく自分を感じた。
『サラ、何を悩む』
「だってお兄様とコウ、どちらも選べないんだもの」
『選ぶ必要などないだろう。どちらも護れば良い』
「それは……」
言いかけて、サラは言葉を切った。自分に何が出来るか? それなら答えは一つしかないはず。
「これから先、私がリュートニアを名乗るのならコウとの繋がりが絶える事は無いわ。だから全てを受け入れて、今すぐにでも会って抱きしめたい……。けど、そんな身勝手が許されるのか──」
今まで躊躇っていたのは、ずっと自分の好き勝手をさせてもらった上に、それらを放り投げて兄や父が最も望まない道を選ぶなど、到底出来なかったから。ただ、そこまで身の程知らずではないと要らぬ見栄を張っていて、何を掴める? 何を守れる?
「誰にも心配かけさせまいと必死に生きてきたのに……」
それでもその道を選んでしまう自分が、愚かに思えた。
『決めたのだな、サラ』
「ええ、ゼオロード……私は――」
貴女の為に、戦ってみせる。
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