30話 帰郷11
「ここで待っていたのか、リナ。予定より会議に時間がかかってな。待ち草臥れたろう」
「いえ、その様な事は……」
リナは少し頬を赤らめながら言う。そんな二人の様子を不服そうに見ていたのが、カイリの傍にいた赤髪の男、聖軍の有能なる軍師、シェーン=トライアント。
「カイリ様、即刻エルメア城へ戻り、済ませなければならない仕事が御座います。悠長にお話など……」
「そう急ぐな、今日中に着けば十分間に合う。世間話くらいさせろ」
「いいえ、それに貴方様ともあろう方が、一介の司祭に構う様では指揮が下がります」
「初めから、それが言いたかったんだろう。分かっている、シェーン」
カイリは珍しく笑顔で対応した。
上機嫌な主を見て嫌な気はしないが、彼をそうさせているのが自分達ではなく、最近シスターから司祭に昇格したばかりの小娘同然の女、リナ=ユーリシアによるものだから、シェーンもぶつくさと独り言を言う。
「何をしている、早く来い」
「全く……どうして彼女を連れてきたんですか。リナはまだ議会に出席出来るほど格上ではありません。それを分かっていて……」
馬車の最終チェックを入れるリナを横目に、シェーンがそう言った。
彼が言う事は最もで、リナにとってはただの暇な時間にしかならない「馬車で待ち惚け」など、無意味以外の何ものでもない。
「いいだろう、彼女が行きたいと言ったんだ。それにこの馬はリナによく懐いてる。彼女が居る方がいつもより揺れが少なくて助かる」
「どんな言い訳ですか。まぁ確かに、リナは馬とか牛とか動物に好かれる性質ではありますが……」
言っている内に上手く話を反らされて、シェーンはこれ以上問い詰めるのを止めた。この様な返しはカイリが謀ったものではなく、彼の天性であって、頭脳明晰なシェーンも流石に予測する事が出来ず、結局言い包められてしまう。
「カイリ様、シェーン様、準備が整いました」
満足げに言うリナを見て、更に争う気も失せたシェーンは、馬車に乗り込むカイリを補助し、最後に自分も乗った。
「ガイア様は後日城に戻られるそうです」
馬車に乗って直ぐ、リナは言伝された事をカイリに話す。すると普段他人に興味を示さないカイリが、自分の事の様に憂鬱さを露わにして言った。
「憂さ晴らしの為にまだ彼を置いておく気なのか、古老達は」
「ガイアじゃ逆らえないでしょうね。なんせ相手は貴族、加えて官位のある功臣ですから。逆らう様なら首が飛びますよ」
嫌悪感を吐き捨てるシェーンは、隣に座るカイリの表情を見て思わず身震いした。
「首だけで済むならまだいい」
低く重々しいカイリの声は、そこに居た者の動きを縛った。リナも少し顔を強張らせるが、カイリの膝にそっと手を置く。
その途端にいつものカイリに戻り、緊張は一気に緩和された。
数台の馬車はそれぞれ聖軍の人間を乗せ、列になって帝都の中央通りに入る。
馬車に描かれた紋様と旗を見て、帝都に居る者は皆頭を深く下げ、道を譲った。
不自然に出来上がった人の道を、聖軍の馬車達は速度を落とす事無く進んで行く。
それらが通り過ぎた後、帝国民が口々に賞賛しだした。
「聖軍の御偉い方々が乗っていらっしゃるんだよねぇ、こんなに近くで見れるなんて、今日は良い事があったよ」
「本当、あのカイリ=エディン様もいらっしゃったのかしら……一目でいいからお顔を拝見したいものだわ」
聖軍の強さを誇る若者や、高貴な人物に会えて何かを拝む老人、カリスマ性のある聖軍軍総カイリに叶わぬ想いを抱く少女や、国を守る彼らへ期待の眼差しを向ける人々……反応は様々にあったが、その中に彼ら聖軍を貶すものは一人もいなかった。
聖軍の馬車が完全に見えなくなった頃、人々は騒ぎ立ち、再び元の雑踏に戻った。
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