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30話 宮廷00


 === 帝国・宮廷 ===


 白い湾曲の建物で飾られた宮廷に、鮮やかな花々が咲く庭園があった。
 寒い気候でも懸命に生きる花を見て、沈んだ心を励まされていた女が、一人。

「こちらにおいででしたか」

 親しく話しかけられ、女は振り返る。そこに居たのは長身の白い式服を着た男で、彼の髪は珍しい深碧色だ。
 野薔薇に寄り添う葉の様に、彼は愛しい者へと歩み寄る。
 女は何の構えもなくこの男を受け入れた。

「ラグナ、私を探していたの?」

「お昼から姿が見えませんでしたから。本当にこの庭がお好きなのですね、アイリス様」

「だって、他に行く所がないんだもの」

 深碧の男、ラグナは、袖で彼女の頬に触れる。庭園の奥まで行ったのか、彼女の顔や頭には数枚の草が付いていた。
 それを全て払い落とすと、アイリスは笑顔で礼を言う。真っ白な肌は、長い間日に当たっていない証拠だ。

「さあ、今日はもう部屋に戻りましょう。風が冷たい」

「……いやよ」

「アイリス様、我侭は困ります」

「……」

 アイリスは黙りこむ。もっと太陽の当たる所にいたい、のびのびと草原を駆けてみたい。けれどそれは自分には叶わない夢のような事。それを分かっていても、抗いたくなる。

「これ以上はいけません。言う事を聞いください」

「――」

 結局自分を呼び戻すためだけに来たのかと、ラグナを睨みながら僅かに肩を震わせる。

「寒いのでしょう」

 上服を脱ぎ彼女に着せるラグナの瞳は優しい。彼もまた辛いのだとそう自分に言い聞かせ、アイリスはこくりと頷く。

 それから二人は宮廷内に入り、暖炉のある暖かい大部屋へ向かった。
 この華々しい外見とは違って、彼女に宛がわれた部屋はまるで箱の様だ。この空間に何日も閉じこめられるなど、本当に息が詰まる。

「私はいつまでここに居ればいいの?」

 まだ少女とも言える幼さを残したアイリスが尋ねる。

「私にいつまで生きろというの?」

「アイリス……」

 彼女を呼び捨てるのは、最早彼しかいないだろう。ラグナはアイリスの肩を抱き、いつものようにそっと囁く。

「世界が貴女を望むまで……どうか生きてください」

 アイリスは顔を上げて、聞き返す。

「そんな日は来るの?」

「はい、必ず」

「……来なくていいわ」

「アイリス?」

 アイリスは顔を曇らせて、今まで絡み合っていた視線を外した。

「こんな私に出来ることなど、何もない。世界が私を欲する時は、私が世界を終わらせる時かもよ」

「アイリス様!」

 珍しく声を荒げる男に、アイリスも少し戸惑いを見せた。だがそれでも冷静に、強い意志を持って言葉を放つ。

「でもね、私はこの国が好き。だから絶対守ってみせるわ。何があっても、誰に裏切られようとも」

 ラグナは、自分の敬うべき光を彼女から感じていた。今はまだ静かに潜めていても、いつか必ず息を吹き返してみせる。

 美しきあの人の忘れ形見を、何よりも大切なひとを守る為に──。



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