めんどくさい、めんどくさい。
天気の良い日は職務もとい片付けをサボるに限る。
遠くから人外の咆哮と人間の悲鳴が混じり、阿鼻叫喚の光景が近付いている今でさえ、少年の真意は変わらない。
いや、サボるのが仕事だ。と開き直ってさえいる。
人外対人間から離れて、迫ってきた人外の一体に掌を向けて意識を集中。
空気支配→空気圧縮→空気固定→空気射出の四工程を行う。
掌から飛び出した空気の刃が人外を貫き、細分化するまで体を切り刻む。
「はい、一体」
支配下に置いた空気を解放すると風になった流れが、少年の頬を撫でていった。
「あぁ、めんどい。頼むから早く終わってくれよ」
「貴方様が行かれたら早く済みますよ」
「やだ、めんどい。魔術師の基本は『自己中』だろ、俺はサボりを正当化する」
「貴方様は魔導師の階位でしょう……。最早、魔術師とは役割が違いますよ……」
幻のように現われた少女は、少年に付き添うように真横を陣取る。
「早く終われば、その分寝れる?」
「一応は」
スケジュール帳をパラパラと捲り、予定を確認した少女が簡潔に進言した。
「よし、手早く片付けよう。あそこで頑張ってる人ら、退かせといて」
「はい、すぐに」
少女の輪郭が揺らいで、薄れていき、少年の傍から姿そのものが消えた。
「さて、しますか」
数本のナイフを地面に突き刺し、同数の魔法陣が地面に描かれる。
描かれた魔法陣はほつれて線になり、地面を這っていく。
前で頑張ってくれている邪魔な人間が退くまで、少年は待つ。
一目散に少年の後ろへ逃げていく人間たち。
その顔には恐怖が浮かんでいた。
人間の後ろには、人外たちが逃げていく餌を追いかけている。
少年に近付いた一体の人外は地面から突き出た刃に串刺しにされて、命を絶たれた。
「よし、片付けよう」
部屋掃除をするかのような軽さで言葉を放った。
軽口の中の「意志ある言葉」が、戦場一帯に広がった魔法陣を活性化させる。
少年を起点として扇状に地面から刃が次々に突き出て、人外を刺殺していく。
一度突き出た刃は止まらず、敵を求めて地面を滑り、生き残った人外を斬殺していった。
上空から見下ろすことができるなら、無数もの刃の切っ先が描いた地上絵を見れただろう。
たった数分で、人外を排除した少年はパチンと指を鳴らす。
無数の刃が消滅して、戦場には人外の屍だけが残された。
「お疲れ様でした」
消えた時のようにふわりと少年の傍に現われた少女が、少年へ労いの言葉をかける。
「早く帰って寝よう。こんなに魔力が消費するとは思わなかったよ、まったく」
地面のナイフを懐に収めた少年が愚痴を漏らす。
「仕方ありません。戦場一帯を包み込む魔法陣と、規則性と不規則性を織り交ぜた刃の展開」
「もういい、もういいって」
「貴方様がそう言うのでしたら」
まだ話足りないのに止められて、不貞腐れる気味の少女。
一方、少年は照れ隠しでだらけることにした。
<愚者>と称され、
<愚者>と謳われ、
魔導師の階位を保持する少年。
――カレス・リマイン
一人の少年の物語。
<愚者>に依代し、
<愚者>に追従し、
人外の法則に束縛される少女。
――トリシス・クスタール
付き従う少女の物語。
どこかの世界の、
どこかの時空の、
そんな、物語。
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