GREENER 駄文小説(長編)
21 死の報と騒の報
――サーディス戦死。
元基地を偵察に行った部隊から告げられた。
見つかった時は両手両足は千切れており、胸部に幾つもの穴が空き、装甲はなくなっていた。
サーディスだと判断する顔は半分が吹き飛んでおり、もう半分は皮膚がなくなっていた。
機体識別と血液検査でサーディスだと特定された。
この報告を聞いて副は泣き崩れ、アクリアは顔から表情がなくなった。サーディスの意志を感じていたコールは表情を変えなかった。エリスとセティアの二人は絶句していた。トオルは何も言わずに頷いただけに終わった。
総隊長ディーンと部隊隊長サーディスがの穴を埋めるためにアレイと数人が指揮を執り、反乱組織の分裂を阻止し、組織としての体裁を繕っていた。
「何時までも隠れている事はできませんか」
アレイが見つめるモニターには三体のケージが何かを探そうと動いていた。
軍に生み出された生物兵器ケージは所属不明として誰彼構わずに襲っていた。生み出した軍さえも襲うことで軍が関与していないことなっていたが、今回のことで話は変わる。
機体の知識があれば、生物兵器ケージを率いた黒い機体が“デモンズ”だと察しがつく。
ケージとの関連性を否定していた軍がケージを使う。
「ケージの統率ができるようになったということですか……。さしずめ、操る技術が発見されたとでも宣伝するつもりでしょう」
襲ってきていた敵が味方になるのを市民は反発するだろうが、身の安全を保障されれば歓迎していく。さらに、生物兵器ケージがいれば平凡な兵装乗り以上の戦力が生まれる。
「気づかないでくださいよ」
アレイは祈る。
基地を地下に作り、出入り口を光学迷彩で隠している触られたりすれば発見されてしまう。
今、戦ってケージを倒したとしても、次が勝てなくなる。最悪でも、組織として立ち直るまでは発見されたくない。
マップが映された別のモニターで、基地から離れていったケージを確認するとアレイは安堵した。
「何かあれば連絡ください、私は総隊長のところに行ってきます」
オペレーターの返事を背中で聞きながら、アレイは治療室のトオルを訪ねた。
ベッドに寝ているトオルを守るようにセティアが陣取っていた。
「体調はどうですか?」
返って来ない返事を肯定と受け取り、アレイは身近のイスを引き寄せて座った。
沈黙を守るトオルに習って、身一つ動かさないセティア。トオルの言葉を待つアレイ。
三者とも黙り込み、医療機器の作動音だけになった。
「サーディスとディーンは……」
「サーディスさんは顔の判断がつかなかったために細かく照合しましたが、本人でした。ディーンさんは“デモンズ”の残骸がありましたが生死不明です」
「そうか」
ようやく絞りだしたトオルの声に答えを返すと、トオルは黙った。
「――どうされますか。トオルさんの今の状態で退いても誰も何も言いません。生活程度の義手や義足なら今すぐ私が作っておきましょう」
「――――」
「続けられるなら戦闘用の義足を開発します」
「軍はまだ、実験場にしてるんだよな」
脈絡のない言葉に固まったアレイだったが、すぐに理解すると記憶からそのことを呼び起こす。
「えぇ、私たちの活動で減りましたが微々たるものです。依然として軍備増強のための紛争が起こされています」
「勝てると思うか?」
「一矢報いる程度には……」
アレイは明言を避けた。
「翁と研究部だけならどうだ」
「全員が死ぬことが前提なら、僅かですが」
「分が悪いな」
「えぇ……」
黙り込む二人を見ていたセティアは居心地悪そうに顔を逸した。
「私は率いていきますよ。勝算がないにしても、意志を引き継いでもらえればと」
トオルが何か言わないのかと確認する間を空けてアレイだったが、返事はなかった。
「誰かが死んで悲しみに暮れる人がいることは分かります。それでも私は戦いたいと思います」
決意を吐き出したアレイはトオルの反応を待った。
「俺は……」
一時間した後に出たのは意志がなくなった呟きだった。
司令室に戻ったアレイは次々に飛び込んでくる情報に忙殺される通信兵に加わった。
「これもお願いします」
「私の本分は研究者なのですが……」
回された情報にざっと目を通していくアレイの動きが止まった。
「この『国境付近の衝突』はなんですか」
「他国の精鋭部隊が侵入しようとして失敗したみたいです」
概要を掻い摘まんで、早口にまくし立てた通信兵は自分の仕事に戻った。
「隣国に協力を仰ぐ案は取り下げてきましたが、安全圏の国なら、あるいは……」
対立中の国の反乱組織が援助要請を呼びかけても、隣国は動かない。いや、全てを防衛に割いているので動かせる兵力がない。
一方、安全圏の国ならば可能性はあるだろうが見返りなしで動いてはくれない。そもそも、国境線は“デモンズ”に塞がれており、突破できるとは思わなかった。
しかし、未確立とは言え人工知能による機体操作ができるのであれば……。
「全ての無人機を囮にして、数人だけが突破すれば」
突破できるだけの実力者がいない現実が、アレイの思考を中断させた。
元軍人の実力者はいるが“デモンズ”と戦うとなると話は違った。あの悪魔に勝つには同等の機体でないと勝てない。
“デモンズ”と軍用機体に性能差があり、払い下げ品の機体になれば尚更だった。その払い下げ品が大部分を占める反乱組織の機体。
「する、しない、に関わらず、機体強化は必須ですか……」
あちこちで壊滅していく反乱組織の報告を読みながら、アレイは呟いた。
軍部最高議会、老議会。
非難の罵声を浴びせる老人たちに対して、フルートは無表情を貫いていた。
「貴様はケージを使うという意味を分かっておるのか」
「これだから若者に任せたくはなかったのだ」
「体中をイジったヤツの考えは愚かすぎて話にならん」
「――まぁ、待て」
最高権力者・翁の一言で、罵倒するしか仕事のない老人たちは黙った。
「“アルバ・デモンズ”のフルートと言ったな」
「はい」
「何故、ケージを使った?」
クローン技術の生物兵器とは言え、詳細を知られたら非人道的行為として騒動が起きるのを軍は恐れていた。
騒動を恐れるなら始めから計画を立ち上げるなとフルートは一蹴する。
「現時点で、アサクラが率いる反乱組織への最良手段でした。アサクラと戦うのを避けている部隊が多数いることはご存じのはずですが?」
「近衛指揮官候補だった元アサクラ指揮官は他の部隊からの信頼が厚いと聞く。お前さんにはない人望だのぉ、フルート」
一匹狼を貫き、単独・独断行動をしてきたフルートを揶揄する翁。
「甘えの兵は無駄です。私は強い者と戦いたい、それだけです」
「はっ、アサクラが強いだと」
パァン、
乾いた音が議会に響き、アサクラを侮蔑した老人の眉間に穴が空いていた。
一同の目が、フルートに注がれた。
フルートは腕を伸し、煙を吐いている銃を握っていた。
「アサクラは私のものだ。侮蔑するなら殺すぞ、老害」
フルートの眼にはためらいもなく引き金を引く、殺意が宿っていた。
殺意の中に狂気が覗いているのに気づいたのは翁を含めて両手の指の数程度。
老議会を構成する退役軍人の中で、大戦を戦い抜いた兵は驚くほど少ない。戦闘経験のある者は殆どが戦死していた。今、老議会にいるのは戦場の臭いも知らないボンクラ共ばかりだった。
「侮蔑したヤツから殺していく」
口を開こうとした老人は黙った。自分の発言で殺されては堪らない。
「フルート、老議会の一員を殺したお前はどうするつもりだ、ん?」
「銃が暴発した、不幸な事故だったな」
問いかける翁に平然と答えたフルート。背筋が凍った老人たちは警備が助けに来てくれるのを祈った。
残念ながら、老議会に通じる扉を鴉と梟が塞いでおり、その祈りは届かなかった。
「事故とは言え、殺した責として国境線に飛ばさせてもらうぞ」
「…………」
「行け、ここからは老議会の話じゃ」
翁に促されたフルートは形だけの敬礼をすると老議会を背にして、通路を歩いた。
扉で待っていた鴉と梟を引き連れて、控え室に辿り着くと三人はイスに座った。
「鴉、梟」
指揮官の呼び掛けに二人は体ごとフルートに向ける。
「アサクラの行方は掴めたか」
「いえ、組織そのものが掴めません。市民に紛れたとしか」
梟が答えて、フルートの返事を待つ。
「掴めたらすぐに知らせろ」
頷く梟。
「国内の追撃と行きたいところだが、国境線の防衛にあたる。翌日に出立するので二人とも休んでおけ」
敬礼して退出した二人がいなくなるとフルートは、対峙したアサクラを思い出す。
片腕だとばかり思っていたが、両腕の機体を見た時は心が踊った。
アサクラと戦える。
そう思っていたが、機体性能のせいで戦いにならなかった。
「私はアサクラと命のやり取りがしたいというのに」
ライバルと決めたトオルに、機体性能の差で勝つのは納得がいかない。
納得がいかないからこそ、“アルバ・デモンズ”の性能を下げてまで戦った。
“アルバ・デモンズ”のコンセプトは一撃必殺と一撃離脱を兼ね備えた機体。ブースターの出力を増せば姿が掻き消え、機能を解放した双剣で分断する。
制限していたとは言え、サーディスに攻められた時は戦いを実感できた。
双剣の片方である歪曲兵器ゲヘナを使ってしまったのは、未熟だったと恥じている。反面、使わせたサーディスを評価していた。
殺そうとした前に“デュランダル”の暴走を使われたのは予想の範囲外だった。“デュランダル”の面影がない機体だっただけに普通の軍用機体だと見当をつけていた。
サーディスにトドメをささなかったのは、暴走した“デュランダル”に巻き込まれるのを恐れた。
空気中のエネルギーを取り込む、性能を上げる機体と戦ってはキリがない。
“アルバ・デモンズ”から放出されるエネルギーさえも取り込むため、一方的に消耗してしまう。また、生物兵器ケージの群が邪魔で戦えなかったこともある。
「アサクラ……」
フルートの呟きは暗く、熱に浮かされていた。
脳裏に浮かぶ考えは「どうすればアサクラと再戦できる」か。トオルとの戦いに思いを馳せるのがフルートの日課になっており、狂気に近い精神を支えていた。
執念に囚われたフルートがトオルを殺す時、フルートの精神がどうなるかは分からない……。
この一ヵ月後にアレイは他国の独立部隊の隊長ファル・エアハルトと面会することになる。
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