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GREENER 駄文小説(長編)
02 ‐狗‐


 ガサガサと、
 狗の足音が聞こえる。

 ハァハァと、
 狗の吐息が聞こえる。

 何より、
 獣臭が真後ろからする。


 冬場の寝汗で起こされた僕は上を着替え、台所で水を飲んでいた。
 外からは小鳥の囀りと雪で反射した柔らかい陽光。
「初雪けぇ」
「大家さん、おはようございます。水、飲みますか」
「置いといてくれ」
 窓から初雪を眺めていた大家さんは不意に僕を見た。
「もう半年も経ったんだなぁ」
「真夏の雪の日でしたよね、拾って頂き本当にありがとうございます」
 真夏に雪が降るとは季節感がないと思われるが、白い花びらを雪に喩えた言葉遊び。
「よせやぁ、一人暮らしの話し相手が欲しかっただけじゃぁ」
 真面目な僕のセリフに赤面した大家さんはそっぽを向いてしまった。
 大家さんは一人暮らしをしている。僕の記憶では家族のことを聞いた覚えがない。
 妻と娘さんの写真があるから既婚なのだろうが、二人のことを尋ねたことはない。
 僕自身どうして、身一つで上京したのかと問われれば「当たり障りのない」ことは言えても「本音」は言えない。
 それは、大家さんも同じだと思う。
 だから、訊かない。

 大家さんと少しばかり、話をした後。
 僕はまた、取材にでかけた。
「蓮ちゃんじゃないかい、相変わらず若いねぇ」
「蓮ちゃんと同じで若くていい子いるんだよ。お見合いしてみないかい」
「うちの娘を貰ってくれたらねぇ」
 世話好きおばちゃん達に捕まり、お見合い話に付き合わされることになった。
「まだ結婚する予定はありませんのでなんとも」
「残念ねぇ、いい子紹介してあげるのに」
「また今度お願いします」
 顔も知らない名前だけの女性の方々を断った僕は取材を切り上げることにした。
 名残惜しそうにしているおばちゃん達が口を開く前に僕はその場を後にした。
 収穫は、婚期を焦る女性と妙齢の女性が数人いることが分かった。
 密着した記事を書くのが僕の仕事だが、婚期に関する内容は止めようと思った。
 取材から帰った僕は明日締切のために情報をまとめ、記事を書き出した。
 盗難と地域住民の意識というテーマで、原稿用紙を埋めていく。
「夕飯は置いとくけんの」
「ありがとうございます。食器は僕が洗いますから、台所に置いといてください」
「悪ぃなぁ」
 食事を持ってきてくれた大家さんに会釈し、手を止めて純和風の夕飯を頂くと書き始めた。

 埋まる原稿用紙。
 役目を終えたメモ。

 書ききった僕は散乱したメモを片づけ、原稿用紙を束ねて隅に置いた。
 台所に降り、水に浸された食器を洗うと僕は眠りについた。




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