[携帯モード] [URL送信]

過去Novel
◆赤+青=紫
(辰弥side)


カシャン
何かが落ち割れる音がして俺は目を通していた書類を置き顔を上げた。
書斎のドアを見遣ると弥夜がドアを開けた状態で固まっていた。
足元には赤いオールドファッショングラスが無惨に砕けていた。
このグラスは俺が仕事で行った異国で買ってきた赤と青の対のヴェネツィアングラスだ。
どうやら弥夜は塞がった手で頑張ってドアを開けた結果グラスを落としてしまったらしい。

中身のアイスティーは広がり、冬の陽にキラキラしている。
弥夜は外の裸の樹の如く立ち尽くして、それを見つめて
「割れた」
と、それだけを口にした。
その時俯いた顔は見えなかったが、酷く幼く見えた。

俺はグラスを片付け無くてはと立ち上がった。
すると弾かれたように弥夜も動く。
「貴方は仕事を続けてよ。」
俯いたままそう言い、しゃがんで青のグラスを置いて赤いガラスに触れようとする。
「弥夜、」
「片付けたら新しいお茶持ってくるから。」
「弥夜。」
「貴方は座っててい」
「弥夜!」
淡々と喋る弥夜の手を掴んで此方を向かせる。
「なんて酷い顔してるんだ。」
泣き方を知らない弥夜は、孔雀色の瞳の奥だけで泣いていた。

「赤いのだけが割れた。」
無表情で弥夜は繰り返す。
「赤いのだけが割れたんだよ。」
俺は漸く気付く、この子は赤いグラスがただのガラスになった事を俺の末路に重ねている事に。
「大丈夫だ、俺はお前を残して壊れたりしないよ。」
「赤いのが・・・」
俺は自分より二周りも三周りも細く小さい体を抱きしめられずにいられなかった。
そのまま抱き上げて立ち上がって青いグラスを掴む。
そしてそのまま赤いガラスの上に落とす。
至極当然に無機質なものへと還るグラス。
「壊れる時は一緒だ。」

傷付けずにこの子を生かす事などこの狭く争い絶えぬ世界では無理だ。
だから俺も傷つくよ。
きっと俺もお前を失ったら生きていけないから。
そう少しでも伝わるように、くるくると癖のある髪に指を通し額を合わせ、誓い事のように、そして贈り物のようにキスをした。


重なり溶け合った紫のガラスは大分傾いた冬の斜陽に照らされ、小さな二人に微笑みかけていた。




Fin





[*前へ][次へ#]

2/47ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!