人の優しさを知った日 男の顔は、全く嬉しそうじゃなかった。寧ろ嫌そうな表情をしている。自分で解していて普通なら気持ち良いんだろうが、男はそんな風には見えなかった。 「っ…は…これで…だいぶ解れた…」 自分の指を引き抜くと男は俺を押し倒して馬乗りになる。そしてゆっくりと腰を下ろして俺の自身を飲み込んでいった。 「んぁ…おっき……っ」 「っ…く……」 「はぁ…どーよ…俺のナカ…これで動いたら…さっきより…気持ち良く…なれるぜ、おにーさん…」 そう言うと男は淫らに腰を動かし始めて、顔をしかめた。 「…ぁ…気持ち…良い…っ」 「っ…」 気持ち良いと言う男の顔は辛そうにしか見えない。解した割には男のナカは狭くて俺のは押し潰されそうなくらいだ。 辛そうな表情で腰を動かし続ける男を見てられなくなった俺は、腕を引っ張って抱き締めた。そしてくるりと体勢を変える。 咄嗟の事で男はきょとんとした顔で何が起こったのか理解出来ないでいる。そんな男を見下ろして、俺はこう言ってやった。 「お前、もうこんな事すんの止めろ。お前にゃ向いてねぇよ」 「…はぁ? 何だ、下手くそだって言いてぇの?」 「そうじゃなくてだな…お前、口では気持ち良いとか言ってるけど実際は気持ち良くなんかねぇんだろ」 「…何を言いだすかと思えば……全然気持ち良いぜ?癖になりそうなくらいだ」 「ほぉ、なら俺が腰動かしゃお前は気持ち良さそうに喘ぐわけだ」 そう言えば、男は明らかに嫌そうな顔をする。けど直ぐにその表情はなくなって誘う様に微笑む。 なんでそんなに自分の気持ちを押し殺すのか、男の名前すら知らない俺には分かるわけなかった。 「…なんでこんなこと始めた?普通の仕事見つけて生活すりゃ…」 「黙れ!!!」 「なんでこんな道に足を踏み入れちまったんだよ」 「っ…何、説教しようっての? 生憎お前に話す事なんざこれっぽっちもねぇよ」 「…そうかい。お前、名前は?」 「…んな事どうでもいいだろ。 大体、今夜限りの関わりなのに名前教えるわけねぇじゃん」 「……じゃあ、勝手に銀って呼ばせてもらう」 「!!……好きにしろ」 「あり、もしかしてどんぴしゃ?」 「…ちげーよバーカ」 今回俺が目を付けた男は、外見が俺と似てる奴だった。酔ってるみたいだったから簡単だと思ってたのに、ラブホに着いてシャワーを浴びてたら、酔いが冷めたし無かった事にしてくれなんて言われちまった。 けど媚薬のおかげで、男は事をするしかなかった。媚薬の効果で早くヤりてぇはずなのに、男は俺を抱こうとはしなかった。苛々して俺が全部やってやろうと男のモノを自分に突っ込んだまではよかったんだ。 今までの奴は、媚薬のおかげで俺がこんなリードしなくても自分勝手に突っ込んで腰振って、簡単にイってた。俺は突っ込まれてイく事はなかったけど、相手は自分がイけば満足するから金は貰えた。 …この男の言う通りだった。 口では気持ち良いとか言うけど実際は全然気持ち良くなんかない。 寧ろ気持ち悪いくらいだ。 本当は、こんなことしたくない。 けど俺には…心も体も汚れちまった俺には、もうこうするしか金を手に入れる手段はないんだ。 「…もう一度言っとくぞ。お前にはこういう事は向いてない」 「るせぇ!!俺の勝手だろ!!」 「……顔に出てんだよ、こんなことしたくねぇって。お前の目を見てりゃ嫌でも伝わってくる」 「…っ」 この男は俺のことをどこまで見抜くつもりなんだ。そう思っていると、男は俺の頬にキスしてきやがった。 「!!」 「…わり、もう限界」 「?限界って何が…ぁッ」 男は俺の首筋を舐めるとそのまま舌を這わせて胸の辺りまできた。 そして突起を口に含むと舐め回したり吸ってきたりしてきた。 今までこんなことされた事もなかったから、最初は…気持ち悪かった。けど直ぐに俺の呼吸は乱れてきて、気付けば男の頭を掴んで…感じてた。 「ぁ…んン…も、やめ…ッ…」 「……気持ち良いだろ?」 男は執拗にそこばかり攻めて、俺の神経がそこに集中して油断していた所で俺の自身も扱き始めた。 いきなりの刺激に俺は過剰に反応しちまってビクッと体が跳ねた。 「ぁ…んッ…なんだ…これ…」 「これが感じるってこった」 「感…じる…ひゃッ…ぁ」 男は慣れた手つきで色んな所を攻め立ててくる。ただ…俺の唇にキスはしてこなかった。頬とか他の場所にはするのに、そこにだけはしなかった。 初めてじっくり感じさせられて、これが本当のセックスなんだって思ってたら男は俺の耳元でこう呟いた。 「…銀八」 「え…?」 「俺の名前、銀八だ」 「銀…八……」 なんでわざわざ名前を教えてきたのか、俺には分からなかった。そして最後に俺の頬にキスすると、余裕のない顔で“悪いな”と呟いた。そして次の瞬間には男は腰を動かし始めて下に熱を感じる。 「んぁっ!!……ぁッ…やっ…」 「っ…はぁ…心配すんな…中出しは…しねぇ…よっ」 「ひゃぁあッ」 自分でも信じられなかった。 俺は、突っ込まれて感じてる……しかも無意識に男…銀八に抱きついて喘いでた。 そして後ろを攻められるだけで、イっちまった。 銀八は言った通り中出しはしなかった。きっと、いや、間違いなく俺に気を遣っての事だ。 イった後の脱力感で俺はベッドの上でぐったりしてて、銀八も疲れたのか俺の隣で横になっていた。 そしてそのまま睡魔に襲われて、俺達は眠りについた。 何時間か経って目が覚めると銀八の奴は既に起きていて、もう服も着ていた。俺も着替えねぇと…そう思って立ち上がれば既に服を着ていて、一瞬戸惑った。 「あぁ、俺が着せといたぞ。余計なお世話だったか」 「…いや…」 「…そうかい。んじゃそろそろ出るぞ銀、何か忘れもんとかねぇよな」 「…あぁ」 俺と銀八は一緒に外に出た。因みにラブホ代は銀八の奴が払ってくれた。 銀八の奴は今から家に帰るからと歩きだす。俺は反対方向に歩きだした。ふとポケットに手を突っ込むと、何かが入ってた。 それを確かめてみると、五千円だった。銀八の奴、金ないとか言いながら…ちゃんと払ってくれたんだ。 俺はそれを握り締めて銀八の元へと走りだした。 「銀八!!」 「ん…どうした」 「はぁ…はぁ…何だよ、これ」 「一夜限りで五千円、って言ったのお前だろ?」 「けどお前金ねぇって…」 「そりゃ俺のへそくりだ。もしもの時のために用意してたやつ」 「……」 「ま、それじゃ満足しねぇってんなら俺を殴るなり訴えるなり、好きにすりゃあいい」 そう言ってヘラヘラ笑うと、銀八はまた歩きだした。 俺はどうしたらいいのか分からなくて、けど無意識に、銀八の手を掴んでた。 「…どうしたよ、俺を殴りてぇのか?」 「……時」 「あ?」 「俺の名前は…坂田銀時」 「…名前、教える気なかったんじゃねぇの?」 「……」 そうだ、最初は名前を教える気なんてなかった。なのに俺は今、自分の名前を教えてる。 自分でも何がしたいのか分からない。ただ、名前を知って欲しかっただけかもしれない。 「…手、離してくんねぇと帰れねぇんだけど」 「っあ…悪い…」 「……じゃあな、銀時」 銀八は苦笑すると大雑把に俺の頭を撫でて名前を呼んでくれた。 知らなかった、名前を呼ばれるのがこんなに嬉しいなんて。 知らなかった、なんだか心の中がぽかぽかして泣きそうになってるのは銀八が優しくしてくれたからだと。 知らなかった、この時既に俺は銀八が好きになってた事に。 「また…会いてぇな」 俺は、もう会うことはないであろう銀八の背中を、見えなくなるまで見つめながらそう呟いた。 END |