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〜龍と刀〜
忍び寄るモノ
獣族(ジュウゾク)、その名の通り獣の姿をした種族である。種族の中でも一番の数を誇り、そして、一番人間の生活に影響を受けてしまう種族だ。と言うのも、獣族の大半はその一生を生まれ育った森や山で過ごすのが通例になっていたから。草木は焼かれ平地になり、そこを住処にしていた生物たちは人間に狩られたりした。
それ故に、獣族は人間に対して良い感情を持っていない。中には現実として仕方無く受け入れ、人の姿を借りる者もいたが、多くは人間の魔手から自分たちの住処を守ろうと、持てる力の全てを使って抵抗している。

「私は……後悔してるかな?例え人の姿をしてても中身は獣。……好きな人が出来たって、ホントの私を見たらきっと逃げるんだから……」

「……」

そう言う紗姫の瞳は、とても悲しそうで、だが陽はこんな時にどんな言葉を掛けてやればいいのか分からない。だからじっと紗姫が紡ぐ言葉を待つ。

「そうなるのが怖かったから、私は逃げ出したの……だから私は普通の人間だったらって、今でも思うの」

紗姫の髪が風を受けてゆっくりとなびく。そこでやっと、陽は口を開いた。

「……俺にはそういう気持ちは理解出来ないけどな。自分の気持ちぐらい伝えろよ。だってそれはお前がどうにかしなくちゃならねえ問題だろ?自分の心を偽るのは、絶対ダメだ」

更に陽は言葉を続ける。

「逃げるのはそれからでも遅くは無いさ。まあ俺だったら逃げる前に一発ぶん殴ってやるけどな」

歯を見せて笑い、暗くなってしまった空気を何とか元に戻そうとした。

「そこまで野蛮じゃないわよ。でも……話したらスッキリした、ありがとね」

紗姫の表情にも笑顔が戻ったみたいで何よりだ。

「なあ紗姫……お前剣術を習ってみる気は無いか?」

何の脈絡も無い事を聞く陽。目は至って本気のものだ。対する紗姫はきょとんとしている。

「ええっと……何?どういう流れでそんな話?」

「お前ならかなり強くなれるはずだ。あ、いや、やりたくなかったら別に良いんだが……」

珍しく陽があたふたとしていた。弟子を取るというのが初めてだというのもあるが、『剣凰流』が頭首不在なのに勝手にそんな事をしても良いのか、というのが引っ掛かっているのだ。

「んー考えておくね」

「そ、そうか……(好感触?)」

一呼吸おき、紗姫が手を打ち合わせた。

「それじゃ、今日は解散にしましょう?私はもう少しだけここに残るけど」

「大丈夫……だな。竹刀も持ってるみたいだし、そこら辺の不良みたいなの相手でも余裕だろうからなー」

「少しは心配してくれないのかしら?私だって女の子なのよ?」

しばしの沈黙があり、どちらともなく声を出して笑う。先程のシリアスな雰囲気はどこへやら、といった感じだ。

「それじゃ、また明日学校で」

「ああ。剣術、習う気になったらいつでも言ってくれよ。歓迎するぜ」

カバンを背負い、背中越しに手を振った。


*****


「あぁ!晩飯買ってねえじゃんか……仕方ねえ、朝の残りで我慢だな」

紗姫に振り回されたせいで当初の目的、コンビニに寄るというのがすっかり頭から抜けていた。
人通りの無くなった道は、夏だというのにも関わらず、薄ら寒く感じる。

−−ヒュンッ!

空を切る音の後に陽の耳に聞こえたのは、何かが地面に突き刺さったような鈍い音だ。急いで振り返ったが、そこには痕跡が残っているだけで、あるはずの物体が無かった。

「魔力は感じる……っ!そこか!」

背後に何者かの気配を感じ、裏拳を放つ。
直撃。なのに相手はうめき声を上げるどころか、倒れた気配も無い。

「何だ、これ……幻覚?違う、布を切ったような軽い感触……魔物なのか?」

陽の背後に聳え立っていたのは、二メートルはありそうな高さで、薄暗い色をした人型の何か。陽の裏拳が当たった箇所は綺麗にその形にくり貫かれていた。そしてそれは、何事も無かったかのように夜の闇に溶けていく。
陽はそれを見届けると、カバンから一枚の紙を取り出す。式神で白銀を召喚し、戦闘態勢だ。

「ぬ、これは……陽、北へ向かってくれ。急ぐのだ」

召喚されるなり、人型を何なのか理解したらしい白銀が指し示した方角は、ついさっき二人で話をしていた場所。もしかしたらまだ紗姫が残っているかもしれない。

「また俺以外を巻き込むやり方か……!くそっ!」

カバンを投げ出し、白銀を剥き出しのまま全力で坂を駆け上がる。紗姫なら抵抗しているだろうが、それでも自分のせいで巻き込まれてしまったなんて、許せない。だから陽は走る。

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あきゅろす。
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