〜龍と刀〜
『金鳳流』頭首
家を出て十数分。
月華の家でもある『金鳳流』へ向かっている陽。足取りは決して楽しそうではない。
この街には流派が三つ存在する。
一つ、陽の所属する『剣凰流』。
隠密を得意とする『御門流』、『剣凰流』と同じく剣術を主軸としている『金鳳流』だ。このように、同じ街に複数の流派が在るのはかなり珍しい事なのだ。
大抵、一つの街に一つ在るかどうかというレベル。全国的に見ても最高の数である。
「あー、嫌だなー。今からでも引き返そうかな」
「来たな剣凰のガキ!今日こそ貴様を血祭りに上げてくれるわぁ!」
「出たよ……」
門から、いや、門の屋根から現れたのは木刀を振りかざした男。
「俺様最強の一撃、受けて死ねぇぇ!」
「自分から最強なんて言うな!自意識過剰、子離れ出来ないクソ親父め!」
「黙りやがれ!俺様に一回も勝てない分際で!」
降って来た一撃を、布を巻いた状態の白銀で防ぎ、醜い言い争いをする二人。
「止めぬか十六夜よ。いつもの事だが大人気ない」
見るに見かねた白銀が制止にかかる。
いつもなら聞かない所だろうが、今日はすんなりと手を退いた。
「今日は生かしといてやるが、次は無いぞ!早速俺様の話を聞け!」
鳳 十六夜(ホウ イザヨイ)、現『金鳳流』頭首にして、前代最強との呼び声も高い彼は、陽とは犬猿の仲である。
それには色々な理由があるのだが、強いて挙げるならば、陽が月華と一緒に居る事が気に食わないかららしい。
「今日貴様を呼んだのは、貴様が負けたからだ。分かるな?」
「だから何だってんだよ」
苛立つ気持ちを抑えながら十六夜を見る。
その十六夜は、タバコをふかしながら宙を見つめていた。
「ヒゲじじいからの命令だ。逆らう訳にはいかん。貴様を鍛え直してやる」
「は?」
「ああ!これだからこのガキは嫌いなんだ!俺様がヒゲじじいに呼ばれたのは聞いてるはずだ、んで言われたんだ。剣凰のガキを鍛えろってなぁ!クソ!何で俺様が!わざわざ京都まで行って、たった一言だけだと!ふ・ざ・け・ん・なあ!」
イライラと木刀を振り回す十六夜。
陽は口を開けたままぼーっとしている。なぜなら、この男が自分を鍛えるからだ。流派が違えば、型も違う。
協会が彼を認めているのは知っているが、よりにもよって仲の悪い十六夜だ。
「はぁはぁ……分かったらさっさと構えろ!貴様があん時からどれだけ成長したのか……本気で来い!」
状況が良く掴めていないが、とりあえず投げられた木刀を握る。
*****
本気で十六夜とやり合ったのは何年ぶりだろうか。
正確には覚えていないが、多分、達彦が居なくなってからだ、と思った。探しに行く、と使った事の無い白銀を握り締め、街を出ようとした時だ。
「相変わらずと言うか、達彦のバカの動きと同じだな。そろそろ自分なりの動きってのを持ってみたらどうだ?」
「出来たら苦労しねえよ!」
激しく打ち合いながらも、冷静に陽の動きを分析する十六夜と、何かを見いだそうと必死に木刀を振る陽。
「こんなのはどうだ?木気は火気の威力を上げる!」
ボッという燃え上がる音。ただの木刀に火気の魔術を付加したのだ。
「なっ!?おい、魔術使って良いなんて聞いてねえぞ!」
瞬時に判断出来なかったら、今頃陽は黒こげになっていただろう。
「知るか!だったら貴様も使えば良いだろうが!……どうした?使えよ?」
「そうか……ようやく分かったぞ。あんたが俺を鍛えるなんてのは、俺を殺すための口実だったんだな?」
立てかけておいた白銀の布を解く。
「良いぜ。やってやる。あんたとの決着を付ける!」
「何を勘違いしている、貴様?俺様が貴様を殺したいのは−−いや、やっと本気でやり合えるから良いか」
二人の目に現れる殺気。本当の本気でやるつもりらしい。
*****
睨み合いが続いていた。先程から二人の衝突は少なくなり、間合いとタイミングを計っている。
「ふぅ……(そろそろ決めるか?)」
「……(トドメ、行ける!)」
一瞬の迷い。それを見逃さなかった十六夜は、陽の懐に突撃。
「はいはい!そこまで!」
木刀を突き刺そうとした時だった。
パチパチと手を叩く音と、若干怒気の含まれた声により、十六夜の攻撃は止まる。喉元ギリギリの寸止め。
「もう七時よ?早く帰って来なさい」
汗だくの顔で外を見てみれば、夜が近くまで迫っていた。
ここに来たのが三時前後、約四時間も十六夜とやり合っていたみたいだ。
「なんだ琉奈?今日もこのガキの家か?」
「ええ。今日は十六夜さんも一緒よ?」
「……俺様もか?」
口にくわえたタバコを危うく落としそうになる。
「色々あるの。色々、ね?」
「仕方ないか……勝負はまた今度だ」
「そういう事だから、陽君も早く戻るのよ?」
そういうと二人はそそくさと出て行ってしまった。
「なんだったんだろうな?」
「さあな……とりあえず帰るか」
白銀に布を巻きなおし、帰り支度を始める。この時陽は、何故か嫌な予感がしていた……。
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