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〜龍と刀〜
停学処分最後の日
*****


 ――数日が経過した。一応体を動かしてはいたのだが随分と鈍ってしまったように思えてくる。登校という作業がそれなりの運動になっていた、という事なのだろう。認めたくは無いが。
お陰で精神的には十分回復出来た。しかし、どうも万全ではなさそうだ。

「陽ちゃん、明日から学校だね!」

 何やら楽しそうな声色の月華だが、対する陽は半分寝かけているではないか。眠たそうに目を擦り、欠伸を白米で噛み殺す。

「んー……あ、わりぃ。あんま聞いてなかった」

「もぅ……なんかあったの?」

 箸を置き、心配そうに陽を見る。だがどう見てもいつも通り、朝はこのように眠そうにしていた。違いは、と言えば食事の速度がいつもより遅い事だ。

「あったって言えば、まあ、あった。……停学中の反省文が。カバンの中に」

「……え?」

「だーかーらー、反省文だよ反省文。原稿用紙八枚だぜ? 一枚も書かないのはマズいなってちょっとやってたんだよめんどくせぇ……」

 拍子抜け、と言うのが妥当だろう。せっかく心配してあげたのに中身はこれである。一応は考えているようだったが、持ち前のものぐさな部分が盛大に発揮されてしまったらしい。手を付けていないのは流石だ。

「書いてないの? 一枚も……?」

「ああ。真っ白だった。正確にはマス目があるから真っ白じゃないけどな。ともかくだ、今日急いでやらないと、間に合わないって事だ」

「そ、そっかぁ」

 月華の反応は苦笑い。
昨日までは鍛錬にほとんどの時間を割いていたため、すっかり頭から抜け落ちていた。残念ながら反省する事などまったく無く、下手をすれば書かないという手もあるのではないだろうか。協会側からの指示なのだから書かなくても問題ないのでは。

「書かなくていい? やっぱりいらねえよな?」

「ダメだよまた怒られるよ?」

「教師に怒られても心に響かないのです。自分の事しか考えてねえからな」

「もう、そうやって適当な事ばっかり……」

 玄関まで月華の見送り中、新たな選択肢を見付けてしまった。これを貫き通そう。すると、珍しく固定電話が鳴るではないか。朝から一体何事だろうか。

「それじゃそろそろ私学校行くからね? ちゃんと書いてね! いってきまーす!」

「おう。死なない程度に頑張って来いよ……さて、電話電話ー」

 月華の姿が見えなくなった頃、急いで受話器を取る。まったく食後に走らせるだなんてとんでもない奴だ、と心の底から思いながら。なんと相手は学校の教師だった。

『おはようございます、龍神君ですか?』

「っす……何か用ですか?」

『明日停学処分の切れる日という事は知っていますね? 反省文、書き終わりましたか?』

 嫌な言葉だ。体が跳ね上がる。先程書かないという選択肢を選んだばかりだというのに。
この教師、盗聴でもしていたのだろうか。いくらなんでもタイミングが良過ぎる。当然確認事項として電話をして来ただけだろうが。

「あ、あーえっとー実はまだなんですよ。はい、ええ……」

 適当に応対をして何とか回避しようと試みたが、なかなか手強かった。
そしてここから強敵との格闘が始まる。

「さすがにマズい。家に来られるのは非常にマズいぞ」

 ――かれこれ二十分ほど説教じみた会話を一方的にされてしまった。挙げ句の果てに家に来るとかなんとか。

「あれ? 確かここら辺に……なあ白銀ー! 机にあった紙、または昨日俺が夜に書いてた紙知らね? もーどこ置いたんだよぉ……」

「あれか……無くしたのか?」

 自分の机の中身をひっくり返し探してみる。学校からの手紙や授業でのプリントやら、見た事の無い紙は沢山出てきた。捨てよう。

「無い、無いぞ……もしかして昨日やる気無くして紙飛行機にしたやつだったか? ……やべっ、どうしよ……」

「買いに行くのはどうだ? 売ってるはずだが」

 白銀は良い提案をした。だがそれは、時間という障害に阻まれる。
 まだ八時を過ぎた頃だ。店が開くのは早くても九時。教師はすぐに来るとか言っていたので、そろそろ到着するかもしれない。コンビニは微妙に遠い。全力で走れば間に合うが、まだこの時間には人目も多い故、見られる訳にもいかないだろう。

「あぁ……人払いの術式覚えておけば!」

「自業自得だな。まったく……」

 陽が頭を抱えて悶えていると、ピンポーンと気の抜けた悪魔の鳴き声が。

「……陽」

「わ、わかってるよ……覚悟は出来てる」

 白銀を部屋の片隅に隠してから玄関に向かった。その足取りはとても重く、ゆっくりしている。諦めと、抗いの精神が未だにせめぎ合っているのだ。

「お、おはようございます……」

「ハイ、おはようございます。早速ですけど龍神君、あなたのお部屋は?」

「こっちです……」

 初めての古風な家屋に馴れないのか、周りをキョロキョロと見回している。
そういえばこの教師は社会が好きだったと聞いたことがあった。

「それでは、原稿用紙を出して下さい」

 適当な椅子を引っ張ってきて教師を座らせる。

「あ、実はですね……飛んでいったんですよ。原稿用紙」

 遠い目で窓の外を眺める。まるで、原稿用紙が旅立ったかのように話す。
それは、遠い遠い昔の事――

「……は?」

「――彼等は、旅に出たんですよ。俺は反対したんですが、元の場所に還りたいとかなんとか……それでほんっとーに仕方無く飛行機のような形状にしてあげたんですね? そしたら飛んで行くんですよさーっと」

 涙を滲ませながら原稿用紙との短い会話を思い出す。その度に悲しみが込み上げる。

「大丈夫です。原稿用紙たちは私の手元に還ってきましたから」

 陽の演技は虚しく散った。白銀は部屋の片隅で静かに笑っているが、誰も気付かない。

「それでは、始めましょうか。あなたが終わるまでここにいます」

「それは困りましたな……」


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