〜龍と刀〜 誰が相手でもU 陽を取り巻く魔力の熱気は凄まじいものだ。十六夜のように火花を散らすまでは行かないにしろ、周囲が歪んで見えてしまう程。普段は白銀にこの魔力を供給しているが、今は手元にない。常に溢れ出ている状態だ。 その様子を見て、謙蔵は笑う。 「なかなか面白く育ったではないか?誰のお陰か」 「少なくとも……あんたのお陰じゃねえ!」 持ち前の脚力で地を蹴り接近を試みる。走力なら決して負ける事はないだろう。得物が無いならこの体を使う。幸いにも会得した部分龍化がある。体術でも圧倒が可能なはず。 ただ、障害が一つある。 「ほお……!」 懐に潜る直前に足を止め、体を弓形に。そこから右拳から関節にかけてを灰色の鱗で覆い、筋力を増強。助走、そして龍化による最大の一撃。それは謙蔵の腹に吸い込まれるように振り抜かれた。しかし、直撃はしない。 「くっ……!」 謙蔵はその拳が入る直前に一歩身を引き、そこに白銀の刃を置いたのだ。もしこの刃に当たっていたのなら自分の力で腕を切っていたのかもしれないという懸念からつい腕を止めてしまった。白銀の刃の切れ味、考えた事も無かったが、この腕で対処する事が可能なのか。 「賢明な判断じゃ。例えその腕がどれだけ強靭であっても、この白銀の刃に耐え切れるかは分からないからなあ」 「うるせえよ……!」 「なら、これはどうする?」 下段に白銀を構える謙蔵。次に来るのはどの型か、陽にはある程度想像が出来る。 謙蔵とて元とは言え『剣凰流』の頭首。かなりの実力者。ただ怠けていたのではない。その事を見せてやるとでも言わんばかりの眼光。 静寂は数秒。陽の肩に鈍痛。何事かと思い陽は謙蔵へ視線を投げたが、一歩も動いていない。変わらず白銀を凛と構えているだけだ。不可視の攻撃。魔力も感じない。 「まさか昨日のも……!」 あの時に受けたのはただ鬱陶しいだけだったが、今のは威力が違う。明らかに相手に痛みを与える目的が見える。 「そうだ。やろうと思えばこんな事も出来る」 何のアクションもせず、陽の太腿を切り裂いてみせた。痛覚が反応するよりも先に、鮮血が舞う事で切られたと分かる。ジーンズが裂かれ、曝け出された太腿にはうっすらと血が滲む。しかし、驚く程痛くは無い。 「薄皮一枚。この距離なら細かい調整も可能だよ」 「……どういう意味だ」 「見ての通りじゃ。魔術ではないがな」 構える事にその技の本質があるのか、それとも全く別の何かなのか陽には見当も付けられなかった。『剣凰流』の技なのかもしれないが、そんな物は聞いた事もない。 「これは教えられんな」 「あんたに教えて貰うことは何もない……!」 視界の範囲外ならその不可視の攻撃も当たる事は無いだろうと考え、陽は大きく跳ぶ。構えたままの謙蔵の背後。今度こそはと足を龍化。速度に乗った重い一撃が脇腹を抉るはずだ。 「チッ……何だって言うんだ!」 しかしその蹴りは当たらず、むしろ弾かれてしまう。手応えはあるのだが、その正体は掴めない。苛立ちを隠せない陽。 弾かれた事で生まれた隙を突くため、謙蔵は白銀を持ったまま半回転。水平に線を引き、陽の体を刻もうとする。殺意の篭った一撃。 よろめいた体に迫る白銀。容赦の無い攻撃だ。避けるには間に合わない。かと言って白銀の刃を受け止められる自身は無い。ならばどうするのか。 地に足を着け、踏ん張る。両手に魔力を集中し、鱗を纏う。それを強く握り合わせて――。 「この……!ごめん白銀!」 ――渾身の力で叩く。この程度で白銀が折れるはずはないだろう。そして鎬の部分なら切れない。ならば弾いてしまえ、と。瞬間的な腕力であれば龍化によって底上げされている。故にこの動作ならば切断される事も、受け止める必要もない。 「なんと」 これには謙蔵も驚いているようだ。このような芸当、ただの人間には到底不可能である。さすがは龍の血を引く者。目覚しい成長だ。 [*前へ][次へ#] |