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〜龍と刀〜
誰が相手でもT
その風のにはどこか覚えがあった。風を覚えているというのも不思議な話ではあるのだが。この周囲を切り裂くような鋭さと、勢い。これはただの風ではなかった。

「……!」

吹き荒れる灰色の風。塵を巻き上げ、視界を曇らす。葵が居る事を懸念して何もしなかったが、これだけ曇っていれば見えないだろうと思い、右腕に力を集中。腕の力だけでその鬱陶しい風を払う。

「葵ちゃん……!」

踏み出したその先、葵の姿は無い。何を目的にしているのか分からないが、ここまでされて黙っていられる陽ではない。

「こっちだぞ!早くせんとこの首が飛ぶぞ?おっと、叫んでも良くないぞ少女よ」

木の根元。先程とは反対側にその姿があった。
葵は右手を抑えられ、そしてその細い首には銀色に閃く刀身。一歩でも動けばあっさり落ちてしまうだろう。
逆光で相手の顔までは見えないが、陽には分かる。それが誰なのか。

「何やってんだよ……!」

「儂の目的を果たしに来た。一日良く考えた。陽、お前には消えて貰うぞ」

「白銀を……白銀をそんな風に使うんじゃねえ!」

「今の所有者は誰か分からん訳がないだろう?」

影で見る事は出来ないが、笑っているのが伝わってくる喋り方。『剣凰流』元頭首、剣謙蔵その人だ。
対して陽は怒りに身を震わせる。今にでも暴れだしてしまいそうだ。

「返して欲しいか?この子も、白銀も」

「当たり前だ!」

「良いだろう。ならば――」

拘束が解かれ、葵がふらつく。しかし、今踏み出せば追撃が来るだろう。それは謙蔵も分かっている。だからこそ、次の手だ。葵の体を高く吹き飛ばす。魔術で起こした風で。

「……!」

視界が可笑しいと気付いたのは舞い上がってから数秒。いまや見上げていた木の頂点と目線が同じなのだ。何が起きているのかは分からない。だが、とてつもなく恐ろしい事が起きているのは漠然と感じ取れる。だからなのか、悲鳴を上げるよりも恐ろしさで涙が溢れてきた。どうしてこんな事になっているのか。そもそも何が起きて自分はこんな高さに居る。

(助けて――!)

その心の叫びはしっかり届いたようだ。落下に入る直前、気持ちの悪い浮遊感。その直後。肌を刺す程冷たさを感じていた体が急に温かさに包まれた。

「大丈夫か?」

ただ落下するだけの体を抱き留めていたのは陽。どうやってこの高さまで来たのかはこの際どうでも良かった。ただ助けられた、という事実があるだけで。

「怖かったよな。だけど、もう大丈夫だ。もうこんな思いはさせないから……」

イルミネーションの明かりに照らされた彼の姿はとても幻想的で、とても恰好良く映った。たほんの一瞬の出来事かもしれなかったが、それでも。

「さ、さすが陽さんですね……お姫様抱っこです……」

「……ごめんな。忘れてくれ」

着地の衝撃がほんの少しだけ伝わる。陽が葵の両目を塞ぐように手を翳す。温かい暗闇が葵の意識を刈り取り、夢の中へ誘う。
魔力を少量当てる事で痛みもなく脳を揺らして昏倒させ、残りの魔力で記憶操作の魔術を発動。最低限、記憶操作が出来る程度には陽も魔術の鍛錬を積んでいる。
この寒空の下で野晒しにするのも良くないだろうが、近くの建物まで運ぶのは時間が掛かる。人払いの魔術によって無人となったタクシーの後部座席へ座らせ、自身のコートを掛けてやった。

「……」

そして陽は向き直る。謙蔵へ。

「良い手際じゃな?」

「あんた、本気で俺とやろうって言うのか……」

「そうだ」

その返答に嘘偽りは感じられない。謙蔵は本気だ。白銀を持ち出してまで、陽と相対しようとしている。ここまでされて、敵ではないからなどという理由は必要ない。

「あんたは俺の友達に手を出したんだ。……怪我で済むと思うな!」

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