〜龍と刀〜 作業 陽が今居るのは体育館。 その大体中心にしゃがみ、ぶつぶつと何かを唱えている。 「彼の地に住まいし霊よ、汝の力を張り巡らせよ……」 手を床に優しく触れると、今朝のような魔法陣が形成される。 大きさは約半分。 「で、次に隠蔽用の術式だな。此処に眠りし者を霧の中に隠したまえ……早朝の霧」 触れた手を放し、紙を一枚撒く。 紙は一瞬にして粉に変わり、体育館全体に行き渡った。 「これで、あと四つ……まったく、何の術式なんだか……っともう五時じゃねえかよ。間に合うのかコレ?」 幸輔から渡されたのは五十枚の式紙の束だった。 行う作業とは、校内の百箇所に何かの術式を埋め込み、強い隠蔽用の術式でそれを隠す単純な物。 何故こんなに時間がかかってしまったのかと言えば、一応は学校。 戸締まりはしっかりしていた。埋め込みの必要な教室や科学室、保健室などの鍵が見つからなかったのだ。 仕方無く幸輔に電話すると。 『あ〜、壊していいんじゃね?』 それはさすがにまずいと思った陽は、どこからか取り出した針金でピッキングを開始。 細かい作業が苦手な陽は、一分経って開かないとイライラが募ってしまい、結局大半を破壊。 破壊は破壊だが、火気の術を使い、熱で溶かしたのだ。 これで犯人特定に時間がかかるはず。むしろ、見付からない可能性の方が高い。 そんな事をしている内に残り一つとなった。 ラストは屋上。 雹と殴り合った、この場所だ。 「ここは……やっぱりキレイだな。いつ見ても……始めるか」 朝焼けが街を包んでいく中、学校の屋上に青白い魔法陣が輝く。 五十回目の同じフレーズ。 うっすらと輝く赤と青が交差して、幻想的な空間を醸し出す。 「−−、終わりっと」 魔法陣が溶け込み、電話が鳴るまで、陽は夜が明ける街を眺めていた。 『そっちも終わったみたいだな〜。それでさ〜そろそろ逃げないとマズいみたいだぞ?』 「え?それはどういう−−なっ!?」 それはとても聞き慣れた音で、嫌な音。 白と黒のコントラストが美しい車がやって来る音だ。 世間で言う警察車両、パトカー。 陽のとてもとても苦手な車。 『いや〜……まさか警報機壊しちまうとはな〜予想外です?』 「あんたのせいかよ!くそっ、飛べないから走るしかねえじゃんか!」 屋上の扉を乱暴に開け、全速力で階段を駆ける。 捕まってたまるか、その心だけが陽を突き動かす。 何の考えも無しに走っていた。 玄関に着いた時、陽は一つの勘が働く。 「あれ、玄関から出たら捕まる?……突貫するか?やり過ごすか?」 睡魔と壮絶な闘いを脳内で繰り広げながらも、思考を全力で回転させる。 「待て待て、考えろ。……こっからの距離は大体五十メートル弱。木気で脚力を強化……出来ないから−−」 手を顎にあて唸る。 「窓から逃げる、のも無理だな。……何か方法は?」 ズボンのポケットからカサリ……と乾いた音がした。 何が入っているのかと思えば、先程まで作業に使用していた式紙。 「式紙?術式は……隠蔽!行ける」 式紙を握り、呪文を唱える。 発動される魔術は隠蔽。その対象は物に限らず、人にも掛ける事が可能だ。 粉に変わった式紙を纏った陽。 特に大きな違いは無いが、ほぼ見付かる事は無い。 稀に霊感の強い人には感じ取れるらしいが、そういった人間はその能力を信じない、もしくは隠す場合が多いのだ。 「まったく……こんな朝っぱらから仕事だなんて」 若い男の警察官が、欠伸をしながらパトカーから降りる。 「私語は慎め。このような時間帯の出動も多い。それに、最近この辺りでは殺人事件が起きている、仕事を怠けている場合ではない」 運転席から降りた警察官はとても厳しそうな人だ。 自分の仕事は全うする、そんな感じを受ける。 「お勤めご苦労様。聞こえてる訳無いんだけど」 陽はその真横を普通に素通りする。 隠蔽しているといっても抜き足で歩いてしまう。 「……誰だ!」 「!?」 「へ?」 厳しそうな警察官が陽の歩いている方を向いて、拳銃に手をかける。 「(バ、バレた……?)」 生唾を飲み、息を殺す。 心臓の音が漏れてるのではないかと思うほど、大きく聞こえた。 「気のせいか……」 「誰もいないっすよ?ちゃっちゃと終わらせて帰りましょ」 若い警察官は先に校舎に向かって歩き出した。厳しそうな警察官はまだ何か引っ掛かるらしく、時折後ろを確認しながら入っていく。 二人が見えなくなるまでしばらくその場を動けなかった。 「あの人には出来ればもう会いたく無いな……捕まるかと思った……」 浮かんできた冷や汗を服で拭い、陽は走り出した。 七時までに戻れば月華に見付かる心配は無い。 後は埋め込んだ術式が何なのか幸輔から聞き出すだけだ。 [*前へ][次へ#] |