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〜龍と刀〜
『剣凰流』元頭首V
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既に太陽は昇り始め、時刻は午前九時過ぎ。謙蔵は『御門流』屋敷にて作戦会議や談笑、将棋や囲碁に興じ、更には朝食にまであやかりそこでようやく重い腰を持ち上げたのだ。

「では、よろしく頼むぞ」

「ええ。しかし、本当に宜しいのですか」

「だから、何度も言ったじゃろう?それで折れるようなら……と」

「承知致しました。武運を」

意味深な言葉を放ち、門から出る。朝日が眩しく降り注いでいた。それに目を細めつつ、謙蔵は次の目的地へと歩みを進めていく。

「ともかくまずは一つ、終了だ。次は『金鳳流』へ向かうぞ」

「協力してもらえると思っているのか?」

「いいや?あっちは顔を見に行くだけだよ」

歩きながら小声で白銀と言葉を交わす。まだ人は少ないとは言え、そろそろ街が動き出しているのが感じられる。寒い中ランニングしている女性や死んだような目をした出勤していると思しき男性も。それらに聞かれない程度に。周りから見たら謙蔵は散歩している老人くらいにしか捉えられていないか、そもそも認知されていないだろう。そういうものだ。
街の様子はそれ程変わっていない、と謙蔵は思った。この街に戻ってきたのは数年振り。記憶だけを頼りに歩いているが大きく迷うという事が無かったからだ。ただ通りにコンビニが出来ていたり、以前あった小さな店が無くなっていたり。だが、確実に変化はある。
寒空の下歩き続ける事数十分。目的地に到着。『金鳳流』屋敷兼道場。

「相変わらず、賑やかなところだよ……」

朝から稽古をしているのだろう。門下生の威勢の良い掛け声が響き渡っている。今ではもう聞く事の出来ないそれを懐かしく思いながら門を潜ると、目の前に見えたのは巨大な木。

「今度は一体何をしているんじゃここは」

五メートルはあるだろうかという大きな木の横を通り抜け、玄関の方へ。呼び鈴を鳴らし、対応を待つ。まだ早い時間ではあるが、きっと出てくれるだろうと信じて。

「はい、どちら様……あら、謙蔵さん?」

戸が開かれるとそこに居たのはここの頭首の妻である琉奈だ。やはりこの時間帯でも眠そうな表情は一切しておらず、綺麗な女性だ。

「やあ琉奈殿。変わらず見目麗しい方よ。どうかな、今度食事にでも」

「嬉しいお誘いですが――」

「貴様、人の嫁に手を出すなら焼くぞ?」

「こういう事ですので」

突如として出現した十六夜の言葉を継ぎ、笑顔で言う琉奈。それに謙蔵は心底残念そうだ。落胆の色が見るだけで分かる。

「それで何をしに来たんだ?」

「まったくお前等は似た者同士か……」

「あ?誰とだよ」

「面倒だから言わん。ほれ、土産だから受け取ってくれ」

言いながら紙袋をそのまま手渡す謙蔵。これで買って来た物は全て渡した。少しではあるが身軽になったような気がしている。

「……菓子か。琉奈、置いてきてくれ」

「はい。分かりました」

「旅行で世界中から買い集めた物だ。戻って来たついでにな……お前が出て来なければ琉奈殿と談笑に興じようと思ったのだがなあ」

「誰がそんな事をさせるか。……貴様が戻って来た、という事は『剣凰流』はどうなる?まさか――」

琉奈が下がり、二人きりとなったところで十六夜が静かな声で問い掛ける。

「変わらんよ。いや……どうなるか分からないというのが今のところの状況じゃな」

「そうか」

「そう心配するなよ。これから次第、と言った感じだ」

「していない」

これから何が行われるのか十六夜には興味が無いのか、その先を聞こうとはしない。いつもの様に煙草を取り出して着火。冷たい空気に紫煙を混じらせながら吐き出す。

「ところで、あれは何だ?」

重たい空気を断ち切るためなのか、謙蔵は庭にある巨大な木を指差す。すると十六夜は面倒臭そうに言う。

「モミの木だ。知らんのか」

「……ああ、娘さんの為に?」

「当たり前だ。頼まれたからな」

頼まれたのは本当にこの大きさだったのか疑問に思ったが口を挟まないでおく。
クリスマスツリーだろう。その内これに飾り付けをして豪華に見せるのだ。この流派は祭事が好きだからと過去と照らし合わせて答えを出した。
それだけ聞くと謙蔵は十六夜に背中を見せ、立ち去ろうとする。しかし、思い出したように顔を横に向け一言。

「十六夜、これからも頼むぞ」

「……気が向けばな」

「言いおって」

二人にしか分からない会話だ。
そしてそれだけ言い終えたところで謙蔵は再び動き出す。彼にはやる事があるのだ。
向かう先は――


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あきゅろす。
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