〜龍と刀〜
『剣凰流』元頭首U
謙蔵が朝焼けの街を歩き続けて辿り着いたのは『御門流』の本部である屋敷。ここは大々的に道場などを開放している訳でも無いので、『剣凰流』や『金鳳流』などと違って門前に流派名を晒していない。故に知らない人間から見ればただの古めかしい家でしかないのだ。
そこへ訪ねてきたからには何かしらの理由があるのだろう。しかし、何もこのような朝早い時間に来なくても良かったのではないかと思うのだが。
「開いてないか」
「当たり前だ。施錠するのが常識だろう」
「うちはほとんどした事は無いのだが?となるとまだ寝ているのか……ならば起きてもらうとしよう」
謙蔵は周りに誰も居ない事を確認しつつ、左腕を伸ばして塀の一部を掴み、御年八十歳とは思えない俊敏さと筋力で飛び上がる。何と開いていないというだけで侵入したのだ。重さを感じさせずに着地すると足首に違和感。捻ったなどの痛みではなく、何かが軽く触れているようなこそばゆい感覚だ。確認しようと足を上げると、周囲で騒がしく鈴の音が鳴り響く。
「ほっほっほ……侵入者対策の罠か。相変わらず手の込んだ仕掛けじゃ」
さすがは忍者の屋敷。細い糸を張り巡らせ、その先に鈴を取り付けた罠を仕掛けていたのだ。しかもその糸は見えないように背景に溶け込ませる染色。
しかし謙蔵はその警戒音を無視して歩みを進める。
庭の木々の隙間、突如として眼前に現れる飛来物。謙蔵は臆する事無くそれを魔術で払い除け、次に来るであろう攻撃に備える。備えるとは言うが、ただ立ち止まっているだけだ。背負った白銀を抜く事もなく、楽しそうな顔をしている。
「流石だ。背後を狙うのが定石だったな」
首に突きつけられる冷たい感触。外の冷気でとはまた違うものだ。音も無く、相手の後ろを取り、的確に相手の命を奪う。一切の魔力を消費しない純粋な体術のため、察知する事は難しい。
「ん……これは、謙蔵殿であったか……新手の侵入者かと」
首に当てられていたのは小刀だ。それを素早い動作で引いたのは『御門流』頭首の郷一。恐らくこの仕掛けの発案も彼だろう。設置は下の者にやらせているのだろう。
「寝ておったか?」
「いえ、仕事中でしたよ」
「邪魔して悪かったの……こっちの方が面白そうだったのでな」
「そうですか。それで、何用ですか?貴殿は旅行に出ていると聞いていたのですが」
仕掛けの糸を切られてしまうともう一度やり直さなくてはならないので、辺りを見回して軽く溜め息を吐く郷一。
「まあそんな嫌そうな顔をするなよ。忍者は感情を出さないのだろう?」
「……都合良く使わないで貰いたいのですが」
「気にするな。それでな?少しばかり郷一に頼みたい事があってじゃな」
意地の悪そうな笑みを顔に浮かべ、郷一の肩を叩く。
「報酬もきっちりあるから気にせんで良いぞ」
「話は聞きます」
「そうだなあ……それじゃあまず――」
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