〜龍と刀〜 その気持ちがわからない 真夜中。電気は付けず並んでソファに座る陽と葵。 話がしたい、との事だったのでこの時間だが少し付き合ってあげようと思ったのだ。 「それで、話って?」 「うーん……ただ目が覚めちゃったから話そうと思ったんですよね……あ、じゃあお兄ちゃんの事なんですけど」 「俺が知ってる範囲でなら答えるぞ」 「あのー……ホントに学校の成績酷いんですか?」 その問いかけに陽は目を丸くしている。それは周知の事実ではないのか、と。夕食時にも結衣に言われていたのだから。 「前からあんまり出来ないのは知ってるんですけど……あれでも中学の時はもう少しまともだったような気がして……」 「そう言われてもなぁ……俺はあいつの中学の成績まで知らないし。そもそも知り合ったのが……まだ一年なのか……」 遠慮の無い会話をしているため、もう長く付き合いがあるように見えるが、実は二人が始めて話したのは中学三年の頃。偶然学校行事で競う事になり、それからあの性格で陽に絡んでくるようになった。 「心配してるのか?」 「別にそういう訳でもないんですよね。もしそんなに悪くなってるなら、私はああならないようにしたいんです」 「大丈夫だろ葵ちゃんは……あそこまで堕ちる人間もそう居ない、って妹の前で言っても良いのかこれ」 「大丈夫です!お兄ちゃんは防御力が高いのが取り柄ですから!」 成績面で言うのなら陽も一部だけ、本当に一部だけ近しい部分があるので大きな声では言えないのだが、ここは答えてやっても良かっただろう。 しかしこれで良く分かった。この家族はやはり仲が良いのだ。心配するのは当然なのかもしれないが、それでも良いものだと陽は思う。その感覚が。 「人の気持ちって難しいよな……知らない部分が多すぎる……」 柔らかいソファにどんどん体が沈んでいく。先程まではテレビが見えていたのだが、今は影で真っ黒な天井。仰け反る形になっている陽。 「急にどうしたんですか?」 その顔を何故か真上から覗き込む葵。不思議な体勢である。だが陽は目を逸らさず気になっている事を聞いてみた。 「葵ちゃんってさ……ああこれ聞いて良いのか分からないんだけど……」 「何ですか?体重以外なら教えますよ?」 「それは聞かないから安心してくれ。……好きな人とか居るの?」 沈黙。上にある顔が徐々に赤くなっていくのがこの暗がりでも良く分かる。そして突如として視界が開けた。 飛び上がるように陽の顔を覗くのをやめる葵。顔がとても熱い。 「陽さん……!?いきなりな、何を聞くんですか……!?」 「んーそういう年頃だろうって思った。なかなか他の人には聞けないからな。で、居るの?」 容赦ない追撃。どうしてそれが知りたいのかは理解が追い付かないが、これは何かしらのチャンスでは無いのだろうかと前向きに。 「そりゃあ、私だって女の子ですから?居るに決まってるじゃないですか!」 「お、おう……そんなに強く言わなくても……」 いきなり大声を出され、陽は少し体を震わせてしまった。しかしこの質問をした陽の真意が見えない。だらけた座り方から戻り、普通に腰掛けると言葉を続ける。 「その、居るのは分かったんだが……俺が聞きたいのはそこじゃないって言うかな?」 「誰かって言え、と……!?なんて鬼畜な……!でもそんなところも――」 「あー……何を悶えているのか知らないけど、別に聞き出そうって訳じゃない。俺が知りたいのは人を好きになるってどういう気持ちなんだろうなって思ってさ……」 陽が気にしていたのはその気持ちだった。他人の気持ちだけじゃなく、自分の気持ちも正直なところ上手く把握出来ていないのかもしれない、と。手持ち無沙汰に陽は指を弄り始める。 「悪いね変な質問で」 きょとんとしている葵の頭を撫でてやり、立ちあがろうとする。しかしその手は頭から離れられなかった。葵がその手を掴んでいたからだ。相変わらず真っ赤な顔で。 「私自身も良く分からないんですけど……でも、この人だーって思うんですよね。家族が好きとはちょっと違って……うーん……気持ちって言うより感覚じゃないかな?直感です!」 「直感、か……理屈じゃないって事?」 「私はそれで良いと思います!……あ、手ごめんなさい」 「いや別に良いよ。せっかくだ、お礼に何かしてあげるよ」 陽には何かが見えたのか、とても晴れた顔をしている。 (感覚なら、俺にも分かる。気持ちよりも分かりやすいじゃないか) 「何でも良いんですか!?」 「ま、まあ……」 「じゃあですね……明日、ってもう今日ですけど!遊びに行きたいです!」 こちらも素晴らしい笑顔で、陽を誘う。これもある意味進展なのだろう。葵には陽が何故さっきの質問をしたのかやはり分からなかったが、それでも予定を作れたのだからと喜びを前面に。もう今日は眠れないかもしれない。 「それじゃ、おやすみ」 「はい!またあとで!」 ***** [*前へ][次へ#] |