〜龍と刀〜
怒りの陽
学校の屋上。
蓮乃市をある程度一望出来る、なかなか見晴らしの良い場所だ。
学校は嫌いだが、ここだけは陽のお気に入りだった。
「はあ!」
炎を纏った拳を振るう。熱風が辺りを包み、火の粉が舞う。
「気に入らねえんだよ!」
次は足を。大きく蹴り上げる。まるで、そこに怒りをぶつける相手が存在しているかの如く。
ひたすら拳を突き出し、発散する。
あの笑顔。笑う度に陽に対して呪詛を込めた、あの。
自分は何でも出来る、と言いたげな振る舞い。その笑いの先にはいつも陽が居た。
どうした早く掛かってきなよ?、そう言われているようで、腹が立った。
「良い体捌きだ。殺すのは勿体無いくらいにね」
「何しに来た……」
そう言って怒りを持たせた本人を睨み付ける。
「皆さん心配してますよ?早く戻ってくれませんか、龍神君。どうして怒っているかは分かりませんが……ククッ、アッハハハハ!どうだよ、僕の演技力は?気に入ったかい?」
「黙れ……」
雹はまだ続ける。
「さあ、早く戻りましょう。授業がありますよ?」
「黙れっつてんだよ。聞こえねえのか」
声のトーンが次第に低くなり、握った拳が震え始める。
雹はそれに気付いていない。だから、演技を続けた。
「さ、早く……」
陽の耳にはしっかりと聞こえた。自身の堪忍袋の緒が切れる音が。
ゆらりと一歩を踏み出す。
そして。
「俺の前に立つんじゃねえ、偽善者が!」
拳を力の限り突き出した。とっさの事に雹は反応しきれず、顔面を殴り飛ばされる。
「痛いじゃないか……この状況で人が来たら、面白い事になるだろうなぁ!」
口の端から流れる血を舐めとり、雹も臨戦態勢に入る。
あくまでも、魔力を使うような真似はしない。
二人のは喧嘩を越えていた。明らかに両者は殺意を持って一撃を繰り出していたのだ。
路地裏の喧嘩なんていうのはただの殴り合いでしかない。
この二人、どちらかが再起不能になるまで徹底的にやるつもりだ。
広いとは言えない屋上だ。二人の力を考えると落下防止フェンスも意味を為さない。
鋭い蹴り、重い拳撃が飛び交い、あっという間に傷だらけの少年の完成だ。
雹の整った顔にもアザや切り傷があり、髪もボサボサになっていた。
肩で息をし、先程までの“氷室 雹”は崩れていた。
陽も至る所から血を流し、立っているのもままならないのか、フラフラした足取り。
「や、やるじゃないか……この野郎が。せっかくの美貌が台無しだ」
「っ……喋るな、耳障りだ……」
力を振り絞り、悲鳴を上げている両足を無理に動かす。
膝が笑い思うように立つことが出来ない。
「隙、見せたね……終わりだ!」
まだ走る力が残っていた雹は陽に体当たりを仕掛ける。反応が完全に遅れた陽は、成す術なく押し倒された。
雹が馬乗りする形になり、両膝で陽の腕を締め付ける。
そこから容赦なく拳を打つ。一発も外す事無く、的確に陽の顔を捉えて逃がさない。
「アッハハハハ!!ザマぁないね!君は僕には勝てない……素手でも、戦闘でも!」
「(やら、れ……る)?」
雹がトドメを刺そうと大きく振りかぶった時、屋上の扉が勢い良く開かれた。
「陽ちゃん!?」
「龍神さん……!」
「おい、大丈夫かよ!?」
月華、春空、井上、中島。いつまで経っても戻ってくる気配のない二人を心配したのか、様子を見に来たらしい。
「皆さん……見ての通り、龍神君を何とか止める事が出来ましたよ」
氷室 雹に戻り、四人に接する雹。
陽が全部悪い、と思い込ませるつもりらしい。
陽を解放し、見下す。
「ま、まだだ……俺は負けてない……」
片膝を付き立ち上がろうとしてみるが、駄目だった。
「ホントに、陽ちゃんが悪いの……?」
「……そうだ。俺が悪い……」
月華は信じていなかった。陽がこう言う時は、実際何も悪く無い事が多いからだ。
「先生を呼んでくる!」
中島は急いで、教室へと戻っていった。
陽は月華と春空に支えられながら、やっと立つことが出来た。
「(最悪だ……)」
心の中でそう呟いた。
[*前へ][次へ#]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!