〜龍と刀〜
裏と裏W
風は止み、流れるのは静寂。緊迫した空気がその場に立つ者達に熱く、鋭く突き刺さる。
魔術の鎖に囚われた漆黒の騎士はまるで抵抗する動きは見せず、ただその佇まいから無言の殺気を漂わせていた。
「このような状況になっても得物を抜かずに在ろうと言うのか?」
「……」
郷一の抜いた短刀が明るく輝く。しかしそれをアスラに向ける事はせず、すぐに鞘へと仕舞った。いくら言葉で挑発をしようが、この相手には通じないと長年の感覚で分かったからだ。
「ふむ……ならば良い。準備は出来ているな?」
いつの間にかアスラを取り囲むように周り並んでいた『御門流』の人間達。ここから始まるのは彼らの得意とする裏方の仕事。
「これから一体何をするんだ。手伝える事があるなら、言ってくれ」
先程の戦闘で少しばかり遅れ気味だった山路が割り込む。さすがは獣の血を持つ者か。受けた傷もほとんどが塞がっており、流血など一切見当たらない。
「いやこれからやる術には手伝う必要は無い。我等独自の魔術故……只、もし奴が抜け出てしまった場合は援護を頼みたい」
「了承した。傷も癒えたし、まだ仲間の仇は取っていないからな……!」
狼の口元から漏れる吐息は姿通り、獰猛な野生の獣のよう。しかし、仲間としてはその姿はとても頼りになる存在だ。
「では始めようか−−」
郷一がアスラに向けて掌を向け、呪詛の言葉を紡ぐ。
「−−“我が求むは記憶。内に秘めたる影。影は影に手を伸ばし、裏と表を返したり”−−」
幸輔も、周りにいる人間も全てが同じ動作を取る。まるで仕組まれたような円形を形作る彼らの統率力や団結力と言った物は、外野で見ている山路も驚く程だ。
複数の黒い光がゆっくりと這うように伸び、それがアスラの甲冑の隙間から蛇の如く侵入していく。
「−−読ませて貰うぞ、その心を」
こんな状態になっていても、無抵抗。
しかしここまで術を発動してしまった以上、急に解除してしまっては周りを巻き込む事になる。それに自分達には“時間”が無いのだ。速く終わらせねば、幸輔の準備すら無駄にしてしまう。
顔には一切出さないが、心は焦燥感が支配していく。歴戦の忍と言えど、以前に人である。感情を完全に殺せる程、強制はされていないのだ。
そして、魔術は繋がった。アスラの心を読む為に。敵の所行を知る為に。そして何より、仕事を完遂する為に。
瞳を閉じ、神経を集中する。自身の意識をアスラの意識と重ね−−
「……焦り、不安、恐怖。感情が漏れています」
−−そうしようとした瞬間だ。弾けるように意識が飛ばされた。どうやら全員が同じ状態に陥っているらしい。
「私の心を見ようとするのなら、感情は捨てた方が身のためです」
開いた意識の中、鎖を引きちぎる音が響く。するとそれを見た山路は郷一の横を咆哮しながら全力で駆け抜けて、攻勢に向かう。
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