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〜龍と刀〜
労る心
*****


−−アスラは自身の原点である丘の空間を閉じ、闇の中を歩く。すると、なにやら周りが騒がしく何かを呻いているではないか。
怪訝に思いつつ歩みを進め、己が姉であり、“永遠の闇”を束ねる首領の居るであろう空間へ。
漆黒であるはずの闇を真っ赤に染め上げ、奥の方に椅子を置いただけという言わば部屋のような場所だ。もちろん誰でも入れる訳ではなく、普通は魔術的な扉を解除しなければならない。アスラは特別にいつでも入れるのだが。

「入ります」

漆黒の鎧に真っ赤な色が反射する。いつもと鎧の見栄えが少し変わったような気分になったアスラ。
そんな微妙に浮ついたような気分も、すぐに驚きへと変化する。

「……!」

空間の奥、椅子がある場所に彼女は居た。しかし、どうも様子がおかしい。普段であれば優雅に腰掛けて眠っているのに……。
今は、

「あ、あぁ……アスラね……?何か用が?」

「いえ、外が騒がしかった物で。それよりもお身体はどうなされたのですか」

「心配してくれてるの?」

冗談ぽく言う彼女の長い黒髪から垣間見える白磁色の肌には真紅の筋。頬を伝い、ドレスを更に紅くしていく。

「やはり、先日の魔術使用が原因でしょうか……」

少なからず自身に責任があるため、心配はするし、それに、唯一の肉親でもある−−アスラにとってはここ数ヶ月で再び感じるようになった感覚だった−−。

「ただでさえ人間の体は相性が悪いのに、その上消費効率の良くない私の魔術……こうなるのは目に見えてたわ」

自嘲気味に頭を抑える彼女は、しかし後悔したような風は見て取れない。
アスラも無言のまま歩み寄り、それまで被っていた兜を脱ぎ捨て顔を晒す。相変わらず、表情に変わりはないが。

「まったく、あなたも変わったわね……感情を押し殺して来たあなたが私に対してそんな瞳を向けるだなんて」

今度は優しく柔らかな笑顔を作る彼女はとても美しく、儚く見える。

「私自身、変わったと思います。ですが騎士としての盟約を忘れてはいませんし、騎士の心はここにあります」

腰に携えたサーベルの柄に手を添え、眼光鋭く姉を見据えた。

「ですが……今回だけは労る心というのを見せても良いでしょう」

口調も表情も仕草も、何も変わってはいない。ただ、漆黒の翼を解き放ち、自らの姉を包むように大きく広げたのだ。
そして更に、二人を囲むように魔法陣を展開させる。

「気休め程度の物です。私には専門外なので……」

対象の傷を癒やす為の術式。普段のアスラなら決して使用することはないだろう魔術だ。
真紅の空間に淡い光。優しく、温かな……。

「たまには、傷を負うのも良いものね。アスラがこうしてくれるんだから」

「……このようなことはこれっきりにして頂きたいのですが」

「まったく……強情ね?」

「普通です」

珍しく口数も多くなってしまったが、今回ばかりは仕方ないと言い聞かせ、治療を続ける。

「それで、外は何故騒がしいかご存知で?」

「ええ。何やら私たちに一矢報いるような魔術が発動したそうよ」

「と、言いますと……?」

何か、人間の側で常識を覆すような事が起きたらしいのだ。それの正体が何なのかまでは未だに調査中であるが。

「新たな魔術、ですか。それが脅威になるか否か」

「私たちはやり遂げなければならないの。どんな魔術だとしても、打ち破れるわ……ねえ、アスラ?」

「仰せのままに」

そうして姉弟は再び目的のために動き出す。


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