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〜龍と刀〜
予感
*****


−−翌日。
テストも終わり、それぞれが緩やかな時間を過ごす中、それは始まった。
そこに響くのは怒声と歓声、そして高い金属音。
そう、今は−−

「さあ来い!龍神!」

−−井上の手に握られているのは銀色のバット。つまりは体育の授業での野球であった。
バッターボックスにてぶんぶんと肩を回す井上、それに対するはマウンドに立つ陽。ボールの感触を確かめるように指の位置を変えていく。

「よし。俺の渾身の力を込めた魔球・デッドボール、とくと味わえ」

「ま、魔球だと!?」

「やれやれー!」

「……誰もデッドボールについてはツッコミしないのか」

さすがに全力で投げると井上の体が大変な事になってしまう、というのを充分理解しているためなるべく手加減はするつもりだ。一応、キャッチャーが捕れる球で。
足は強く砂を蹴り、高く振り上げた腕には確実に力が籠もっていた。
九回裏両者同点、ツーアウト満塁の危機的状況。その窮地を脱するのは井上か、それとも陽か。今、運命の瞬間が決しようとしていた。
陽の指先から放たれた白球は、空を裂きながらキャッチャーミットに吸い込まれていく。

「ストレート……!いただきだぜっ!」

ぐっと体を捻り、バットへと力を伝える。そして、あとはタイミングを合わせてバットを振り切るだけ。

「こ、これは!?」

これは珍しく井上の勝ちなんだろうな、と皆がそう思った時だ。
陽の投げたボールが、下に落ちた。

「くうっ……フォーク、だとぉ!」

「ストライィク!バッターアウト!ゲームセット!」

井上の体が全力で振り切ったバットに釣られて半回転し、その場にへたり込む。マウンドには陽の味方チームの人間が集まり、ハイタッチをして喜んでいた。

「それにしても龍神、フォークボールなんて良く投げれたね」

「おう、この前テレビでやってたのを思い出してな?見よう見まねでやってみたんだが……意外と出来るな」

たかが授業の一環でも、ここまで白熱した戦いが繰り広げられる。部活で野球をやるより楽しい、と思う人間もこのクラスではかなり多いだろう。

「負けたぜ……」

「そうだな。じゃあ約束通りあとでジュース奢れよ?百五十円のペットボトル限定な」

「分かって−−あれ?賭けの賞品って缶ジュースじゃなかったっけ?」

「……黙れ。勝者に逆らうのか?」

理不尽な威圧を与え、陽は賭けをした内容とは少し違う、ちょっと高めのペットボトルを選択。

「あーぁー今月も財布が寒くなってくぜ……」

「賭けなんてしなきゃ良いじゃないか」

「おまっ、そんな事してたら男じゃねえぞ!賭け事はやってなんぼなの!」

「え?それって負けるの前提でやってるの?」

後片付けの最中、中島の攻撃に井上が反発している。それを聞き流し、陽はただ曇りがちな空を見上げた。

「何だか、嫌な空だな……悪い事が起きなきゃ良いが」

「龍神ー?早く戻ろうぜー?」

「あ?ああ。分かってる」

もう一度だけ何もない空を見上げ、首を傾げる。
忍び寄る足音にまったく気付かず、陽は皆の元へと急いだ。

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あきゅろす。
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