〜龍と刀〜
文化祭二日目!U
教室の隅の方で背中をもたれさせる。通話ボタンを押し、携帯電話を耳に付けた。
「月華か?お前今どこに居るんだよ。裏方メンバーが足りないって騒いで……」
向こうからは何も聞こえない。不審に思った陽は、周囲を警戒しながら声を低くする。
「……月華、じゃないな?誰だ」
『こ、これってもう話せるのかな?聞こえ、てましゅか!?』
「……?」
そこから発せられたのは少女のものらしき声だ。慌てているのか、まともに喋れていない。月華が落とした携帯電話を少女が拾ったのだろうか、という考えがよぎる。それならいつも通りに話しても良いだろう。
「とりあえず落ち着いて話してくれないか?」
『あ、はい……ふぇ?でも、うん。うん……』
深呼吸するのが電話越しに聞こえる。だが、そのすぐあと。少女が誰かと会話をしているのが聞き取れたが、内容までは分からない。
『あの、変わり−−』
『一回しか言わない。良く聞くの……』
「は?ちょっと待て。一体何を?」
抑揚の無い声。それの持ち主は、変わらずの平坦で、冷たい水のように告げた。
『……女は、預かった。返して欲しければ、一人で広場に来る。時間は……針が十二になるまで、だから』
『語弊ですから!色々あってるようで、あってないような……と、とにかく速く来てください!龍族のお兄さん!』
一方的に切られてしまう。だが、相手が何者なのかは把握出来た。少なくとも好意を抱ける相手ではないと。
「公園か。ここから近いのだと、あそこしか無いな……」
「おーい、龍神ぃ。またまたご指名だ−−って何してんのさ?」
「悪いな。みんなには帰ったって伝えてくれ」
ネクタイを解き、投げ捨てるように椅子に掛ける。着替えるのは面倒だ。このままで行こうと右足を出す。
「待て待て待て!どこ行くんだよ?スタコンだってあるのによぉ」
「悪いな井上……いや、お前に任せてみようか。全て」
とっさの思い付きで、井上の顔を指差してみた。井上が簡単に引き下がってくれそうな条件を見つけたのだ。
「スタコン、俺の代わりに出てくれないか?お前にしか頼めないんだよ……こんな事」
迫真の演技。井上の肩に両手を置き、小刻みに体を揺らす。仕込まれたのは営業スマイルと敬語だけではない。演技力も向上したのだ。
井上は当然、そんな事は露知らず。
「龍神がそこまで言うなら仕方ないよなぁ!この仕事、引き受けてやるぜ!」
急な申し出に心躍らせる井上。
「そうか。さすが井上だ。頼りになるな……他のやつにはよろしく頼むぞ?」
これで外出の下準備は済んだ。
時間を確認する。
あと約一時間で指定の十二時。今から行っても余裕過ぎるくらいだ。
「……式紙はあるな。よし、行くか」
「行ってらっしゃーい!」
常に懐に忍ばせている一枚の紙に手を当て、教室を後にした。足早に。
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