〜龍と刀〜
文化祭一日目!Y
「右から胴を狙え。その人は左利きみたいだからな」
「お、おお。じゃあ、言われた通りに……!」
構え方と、前に出された足だけで判断する。
指示は出すが、井上が思う通りに動いてくれなくては意味を成さない。ちゃんと理解してくれるかどうかが最大の難点だ。
振り抜かれた竹刀は、しっかりと部員の脇腹目掛けて飛んでいく。十秒間攻撃禁止が裏目に出たみたいだ。素人の井上にも呆気なくやられてしまう。
「い、一本……」
「よっしゃぁー!大した事ないなぁ!」
「くっ……龍神の助言は的確過ぎるな……仕方ない!」
こんな展開は予想していなかったのか、部長とおぼしき声の持ち主が更衣室の扉をドンドンと叩き出す。
「御門、出番だぞ。叩きのめしてやれ」
「……狙い通り」
陽はその光景を楽しそうに見つめ、ゆっくりと立ち上がる。最初からこうするつもりだったのだ。
「はいは〜い。やっと出番か〜。お、龍神じゃないか〜」
「残念ながら、龍神とはやれないぞ。そこの−−」
「井上。竹刀貸せ……助言だけじゃ賞品ゲットへの道は困難だぞ」
部長を遮り、竹刀を奪うように井上の手から取り上げた。
「龍神が本気モードだぞ中島?俺一回見たかったんだよなあ」
「たまたま見た事あったけど……あれは、圧巻だよ」
井上も自分なりに納得したらしく、中島の隣に腰を下ろす。
上着を脱ぎ、投げる。臨戦態勢は整った。いつでも動ける。
「稼ぎはどうですか?先輩」
「大繁盛〜。とまでは言えないけど、そこそこね。小遣いの足しにもなるし、面白い情報も入ってくるし?誰が誰と付き合ってる、とかさ〜」
「それは良かったですね。でも、俺はそう簡単にいきませんよ」
下段で竹刀を構える陽の瞳には、闘志が宿っていた。
対する幸輔はあくまで笑顔。所詮お遊び程度だと思っているのだろう。防具には目もくれず、真っ先に竹刀−−脇差しを握る。
「龍神なら、手加減は必要な〜し。久しぶりに体を動かそっかな〜」
最早剣道をやる雰囲気は一切無いのだが、周りも周りで空気に呑まれていた。
「龍神と御門の対決か。おい、人呼んで来い!客引き出来るかもしれないぞ!」
「えー……これ見てようぜ部長?」
「そうっすよ。部長行って来れば?」
「それは嫌だな。来てくれる事を心から祈ろうか」
この人、完全に文化祭を楽しむという事を忘れているんだな、と部員たちは思ったみたいだ。金を稼ぐ楽しさでも見つけたのだろうか。
「龍神ってそんなに凄いんだ……初耳だぜ」
「何だ知らないのか?全国大会自主棄権者だぞ。中学校の話だがな」
誇らしげに語る部長の顔は……防具で見えなかったが、きっと口調からして自慢げな表情なのだろう。簡単に推測出来る。
「何ですかその長ったらしい名称は」
「部長はネーミングセンスが壊滅的なんだ。スルー推奨だ」
「なるほど」
「一年生に変な情報を吹き込むな」
観戦者一行は打ち解けたみたいだ。絶えず、笑い声が耳に入ってくる。
「さてさて龍神〜?本気でやるの?」
「たまには良いでしょう?それに、止めないと後が大変ですから……」
「そうだね〜。ま、明日は手伝わない予定だけどね〜」
開戦の火蓋は、どちらからともなく落とされるのであった。
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