〜龍と刀〜
稽古前の歓談
「そうだ月華、今日も泊まってくのか?」
夕食を終えた三人分の食器を片付けながら、陽が聞く。
ここ数日、と言うより紗姫が居候するようになってから、陽の家に泊まる事が多くなったと思う。自分の家にあまり帰っていない事を心配してだ。
「うん。お父さんたち、今週から京都に行っちゃうみたいだからって……ダメ、かな?」
「いや、ダメじゃないんだがな……お前最近帰ってなかったろ?心配してんじゃねえかって思っただけだ」
上目遣いで見られたせいか、つい本音が出てしまった。それを取り繕うように頭を掻きながら続ける。
「それに、紗姫に剣術教えてるだろ。大抵夜中だからさ、寝不足になられても困るし」
結局、月華の事を気遣う言葉しか出て来ない。どうやら功を奏したみたいなので、良しとしよう。
「大丈夫!私も一緒に見に行くから!」
「それ解決になってないだろ……しかもだな?俺のトコはお前の父親と違って動きがデカいから、流れ弾が」
剣術自体を見られる分には特に問題は無いのだが、紗姫の繰影術や密かに行っている龍化の鍛錬もある。月華の事だ、終わるまで見てるとか言いかねない。
「……見られると困る事でもあるのかな?」
「う、無いと言えば嘘になるが……だが見るなとも強要出来ない訳で……」
怒りモードのスイッチが入ってしまったみたいだ。月華から黒いオーラが感じられる。
直後、陽の口調は自然と敬語に。
「あの、ですね?俺は危険な目には遭わせたく無いから……あのー月華さん?」
「じゃあ別に見学してても大丈夫だよね?ちょっと前の話になるけど、陽ちゃんと紗姫ちゃんの試合見れなかったし」
反論が出来ない。この状態の月華には口で勝てた試しが無い陽だった。
「んー別に良いんじゃないかしら?私はそんな気にしないし……月華ちゃん、夜食お願いして良いかな?」
渦中の人物はのん気にテレビを見ている。陽のフォローする訳でも無ければ、表立って月華に付こうともしない。さすがは狐、狡猾だ。
「ホラ、紗姫ちゃんだって、大丈夫って言ってるよ?」
「ぬぅ……分かったよ。その代わり、今日は早めに切り上げるからな?月華も紗姫も、それで良いか?」
もう何を言っても聞かなそうだと判断したのか、妥協案を出す。紗姫はこれが狙いだったようで、
「あ、ホント?じゃあ夜食もいらないかな。ごめんね月華ちゃん?コロコロ変えたりして」
「ううん。気にしないで。それで陽ちゃん、いつからやるの?」
さてどうしたものか、と鍛錬について考えていた陽は適当に答える。
「あーさっさと終わらせるか……紗姫が準備出来たらだなぁ」
心底気だるそうに時間を決める。だが、久しぶりに睡眠時間を取れる事は純粋に嬉しい。
「そんな適当で良いのかしら……?油断大敵なんだからね?」
「気にすんなよ。剣術だったら、まだ俺の方が上だからな」
「言ってくれるじゃない。真剣勝負よ!覚悟しときなさい!」
陽の態度が気に食わなかったのか、今度は紗姫のスイッチが切り替わったらしい。
今日は本当に疲れる一日だ、と溜め息混じりに呟いた。
「はぁ……俺も着替えて来るかな。月華は先に道場に行っててくれ。コレ、鍵な」
「うん!頑張ってね」
家の鍵の在処は分からないが、道場の鍵の場所は覚えていたみたいだ。
「さてと。俺も切り替えてやらせてもらうかな」
パシッと自分の頬を叩いて気合いを入れる。ここからは、師匠として紗姫と対峙するのだ。気は抜けない。
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