現代語
そこに立っていたのは、朧だった。相変わらずバンダナを身に着けてはいるが、黄色のタンクトップに、膝上くらいまでの長さのジーンズ生地のパンツという、いかにも動きやすそうな軽装だった。
昨晩の格好からすると、文明が200年程進んだという感覚である。
「な、なんでお前がいるんだ?」
「別になんだって構わん……だろう。ただ、目が覚めたらわかるように細工しろって高宮に言われたもんじゃ……だからね」
どうやら高宮は夏喜の身を案じていたらしい。
このタイミングで来れたのも朧のおかげという訳だ。
だが、あの汗はなんなのだろうか。
「あと、高宮の足を治したのもあちき……つまり高宮の仕事は、ゼロ!」
そう満面の笑みを解き放ってVサインを大きく夏喜の前に突き出す朧。
高宮はその瞬間、ガクッと崩れ落ちた。
別になんてことはなかった。ただ、高宮が体裁が悪くてやりにくかっただけだったのだ。
「ハッハッハ、これこそがあちきの実力じ……だ!」
それにしても朧の言葉の語尾が、いちいち詰まり気味であると言うことに夏喜は気付いた。夏喜に昨晩言われた事が少し響いているのか、言葉を現代語に近づけようと頑張っているのが見え見えだ。
「言葉使い、無理しなくてもいいよ?」
「んな!?」
朧が背中に氷を入れられた時のように背筋を強張らせた。
それに次いで顔が真っ赤になってゆく。
「お、おおお前が言うからだろうが!結構コレで悩んだんだからな!」
そういって右の拳を振り上げて夏喜に振り下ろそうとする。
夏喜の中で記憶が高速に流れた。昨晩の朧の破壊力はよく思い知らされた。そして方程式ができあがる。
傷+朧=死
という簡単な方程式が。
「馬鹿なマネはやめろおぉ!死ぬから!本当にしぬ!」
しかし、その勢いは止まらない。ゴオオと音が聞こえそうな速度で夏喜を捉えようとする。
「ちょ、待てーい!」
と、その夏喜の願いが叶ったのか、顔に当たる寸前でピタリと拳が止まった。
「……?」
「言えた……」
「は?」
「詰まらずに言えたぁああ!」
何が?と思ったが、すぐに、
(あぁ、なるほど)
先ほどの言葉使いが全て現代語だったと言うことに夏喜は気付いた。
(よかったっすねぇ)
夏喜はそれを見て、やれやれ、と両手を広げた。
「ケッ、そろそろやめてくれねぇかね」
と、高宮がその光景を見て、話が用件と大分それている事に気付いたのか、『うおおぉ、あちきは現代語の覇者となるぞおぉ』とか叫んでいる朧に声をかけた。
「む……」
朧も『確かに』と痛感したらしく、苦笑いを浮かべて口を閉じる。
「フッ、こんなんじゃぁ、入って来れやしねぇだろうがよ」
「あはは、確かにすまなかったの……ね」
また語尾を間違え、朧は少し塞ぎ込んでしまった。しかし、夏喜は空気を読んで深入りはしない。
「いったい、どうしたんだ?」
夏喜がそう問うと、高宮と朧は軽く笑って病室の扉の方へ目を向けた。
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