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恐怖心
(感情が残っている?そう考えれば全てが説明できる……いや、待て。甘えを捨てろ。たとえ今の考えが合ってたとしても、最大限の可能性を考えるんだ)

その夏喜に、一瞬、と呼ぶにふさわしい速さで芦澤が近付いた。

「――ッ!?」

そして拳を突き出した。
夏喜は反応を試みようとしたが、左手は間に合わない。
僅かにすりぬけた芦澤の拳が、僅かに夏喜の下腹部を捉えた。
その拳は、ベクトル変換されているため、当然夏喜の体はバンッと何かがはぜるような音を立てて、後方へと吹き飛ぶ。そして夏喜の体はゴロゴロと何メートルも転がった。

「ぁ……ぉが」

その衝撃で夏喜から湧き出る冷や汗と、込み上げる吐き気。普通であれば、この状況は絶対絶滅のピンチであると考えるかもしれない。
しかし、夏喜はある確信を得た。
今、数秒前、夏喜は芦澤に触れた。ほんの僅かであったが触れた。
そう、『ほんの僅か』に。
手加減が不要な芦澤なら、今の夏喜に命はないはずだ。パトリスや朧の様子でも十分な仮説はたっていたが、いまひとつ確信には届いていなかった。
しかし、自分の身で実験を行う事で夏喜は確信を得た。

能力はそなわっていても、その能力者とは違う

能力そのものが備わっても、応用力や演算力がその能力者と異なるものならば所詮はその程度。能力者のオリジナルにはなりきれない。そういう事だ。
おそらく、それらは正確にはコード化されていないのだろう。
今の芦澤はベクトル変換という能力を扱い、普通に戦えば反射されてしまうから脅威である事には変わりはない。しかし、触れただけで死んでしまうという恐怖は消えた。

しかし、

厄介である事に変わりはない。
学園都市の能力者全ての能力が備わっているということは、どんな得体の知れない能力がまだ眠っているかもわからないのだ。

「そろそろ……まずいかもなぁ」

夏喜は再び強化ガラスの下に倒れたが、すぐにヨロヨロと立ち上がり、体制を立て直し、すぐさま腕を顔の前でクロスさせ、頭を守りながら転がるようにしてその場を離れる。
その瞬間、強化ガラスがとてつもない音を立てて粉々に砕けた。その時、芦澤は強化ガラスに触れていなかった。
ベクトル変換とは違うまた別の能力。

(クソッ近づけない……どうすればいい……炎で加速しても……体感速度とか変えられたりしたら……)

夏喜の頭に恐怖がよぎる。180万人の能力を操る得体の知れない敵とはそういうものだ。
夏喜は下を向き、芦澤から目を一瞬だけそらす。

(そんなことになれば俺は―――)

夏喜は震えている。
どんな異能の力でも、無効化して吸収してしまう彼の左手でさえガクガクと震えていた。
しかし、

(―――怖いって?まさか!)

夏喜は恐怖心を飛ばす。ミシッと夏喜の左手が音を立てた。強く握った左手に爪が食い込み血が僅かに滲んでいる。
彼はそのまま左手を、自分の胸元をドンッと強く叩きつけた。そしてそのまま前を向く。

(自分で決めたんだろうが!この答えは間違っちゃいない。自分の考えは貫き通す。そして完全な正答にしてやる!)

ジャリッと足元から音がなる。夏喜は深く腰を落として歯を食い縛る。

(――余分な事を考えるな!目の前だけに集中しろ!)

ドンッと夏喜は炎と共に地面を蹴り、秒速100mの最大速度で芦澤に向かう。
その直後、再び先ほどと同様にシンプルな激突が巻き起こった。

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