始まり
芦澤の鼻の先を何かが霞めた。
ブンッ、と空気を切り裂く重低音が鳴り、その音は芦澤を通り過ぎたと思うと方向を変えて戻ってゆく。戻った場所はもちろんのこと発射位置である。
そこに、立っていたのはパイナップルのような髪型の芳野夏喜と、それに肩を預けるようにして立っている高宮隆治。
「ハッ、畜生め……パトリスの置き土産のせいで屋上から降りてくるだけで一苦労だぜ」
彼は少し苦笑いを浮かべているが、その額からは大量の汗が滲んでいる。
彼の両足を血が濡らしていた。その濡れ具合から出血量は決して少なくない。
滲んでいる汗は撃痛から来る冷や汗だろう。
「大丈夫か?無理はするなよ?」
「フンッ、わかってる」
「とにかく、芦澤を絶対に止める。今、まともに動けるのは俺だけだ。お前はサポートしてくれ」
高宮は、一瞬片方の眉毛をつり上げて、気にくわなそうな表情を浮かべたが、すぐに納得したのか、
「あぁ、頼むぜ」
そう一言言うと、夏喜から手を離してその場に座りこんだ。
「まかせろ。最大限の努力はしてみるつもりだ」
夏喜は一瞬視線を自分の左手に落とし、すぐに芦澤を見据えた。
その様子をジッと見ていたのは芦澤。
パトリスへ攻撃すべくのばした手は、高宮の攻撃が目の前を通り過ぎた辺りで静止している。
「新たなる危険要素を確認。優先順位を変更します」
そして、無表情で呟いた。
それは、芳野夏喜の排除を意味していた。ここにいるのは、芦澤であって芦澤ではない。何かが外れてしまったような、別の人物と向き合っているような感覚。
ここにいるのは学園都市、第一位の能力を操る人物。
「来なよ。芦澤、お前はなんとしても止めてやる!高宮のため……あと俺自信のためになぁ!」
「ッ!」
夏喜がそう言った瞬間、芦澤が動いた。
「ッ!」
それとほとんど同時に夏喜も始動を始める。
炎を噴出し、秒速100mの速度で一直線に進む夏喜と、運動量のベクトルを全て変換し、アスファルトを砕き、加速した芦澤は真っ正面からぶつかり会った。
(とめてやる!!)
吸収放出の異能力者に学園都市の180万人の学生の能力の集合体が牙をむく。
タイムリミットというものを堂々と引っさげて。
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