狂い
その高宮の後方には同じくボロボロになった夏喜が必死に体を地面に引きずって立ち上がろうとしていた。
「ハッ、やめろと言われてそのとうりにする馬鹿が何処にいる?」
パトリスは足を掴んだ高宮の手を蹴るようにして不気味に笑いながら払いのける。
「それに……」
途端、パトリスの笑みが急激に深くなった。今にも大口空けて笑い出しそうなのを我慢しているような感じに見える。
その笑みに高宮は恐ろしい程の悪寒を覚え、嫌な汗が身体中からブワッと吹き出す。
「止めようと思っても既に手遅れなんだよ」
その時、パトリスは口を開いた。
「はっ」
既にやりたい事は既に施した。
後は芦澤の目が再び目覚めるのを待つだけ。
「クハハッ」
それが終われば完全にパトリスの仕事は終わる。
やりたかったことが、成功が目の前にある。
それを止めようとボロボロであらがおうとしている少年が二人いるが、既に遅い。遅すぎる。
そう考えると勝手に笑いがこみ上げてきた。
自分では抑えきれない程の衝動が。
「ハハハッ、キカカッッ――そろそろだ、そろそろだよ――ぎィははははははは!!!!」
パトリスは狂ったように笑い始めた。その大きく開いた口からは恐怖というものが沸き出してくるようだった。
「ぐ……この」
高宮はパトリスを止めようと立ち上がろうとするが、上手く腕に力が入らない。
立ち上がる途中で崩れ落ちるように再び倒れてしまう。
「くっそ……身体に力が……」
夏喜も同じく立ち上がろうと努力はしているが、力を入れる度に足がガクガクと震え身体を上手く動かす事が難しい。
「あははははは――クックッ、はははは」
そんな二人の様子を見ると、パトリスの笑いは更に深まった。
二人はそんなパトリスを見て、ギリッと歯ぎしりをする。しかし力を入れようにも、手は何もないコンクリートの床を滑るだけ。
「ははは、ははは、――は……」
突如、パトリスの笑いが小さくなった。
そして最終的には笑いが止まり、パトリスの表情は落ち着きを取り戻しているように見える。
「――フンッ、やっとか」
パトリスは首を倒れている芦澤へと振り返るように向けた。
そこには意識を取り戻した芦澤がいた。
しかし、彼女の顔からは表情は伺えない。何か目からは光が失われてしまったような、そんな感じが見て取れた。
(……どうしたんだ……?昼間見たときとは全然違う)
夏喜は倒れたまま、芦澤の表情を見たが、昼間会った芦澤とはまるで別人だ。
しかし、パトリスの前に立っているのは本当に芦澤なのか、それさえも疑わしかった。
そんな事さえも思わせる、まるで機械のようなあまりにも感情の欠落した瞳。
「どうやら、パーフェクト?よし、これを禁書目録の所へ連れて行けば、彼女は……神裂とステイルは……」
その芦澤は喜びにも似た表情を浮かべているパトリスに近づき、パトリスの目の前で立ち止まった。芦澤は無表情のままパトリスを見上げている。
「な……なんだ……?」
「――コードの暗唱を開始します。-0-1903000-そのうち-103006-から-103051-番を音読――」
突如、芦澤が何かを読むかのように高速で話し始めた。
それは言葉であって言葉ではない。それに人間らしいぬくもりは存在しない。
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