芦澤海澄
その時、芦澤の耳には音が届いていた。いつ頃からだったかはわからない。
だが間違いなく、途切れ途切れだったが、声のようなものも耳に入ってきていた。
よく聞き慣れたクラスメイトの声にも聞こえたし、なんだかとても最近聞いたような声にも聞こえた。
あるいはその両方か。
それが、たった一瞬にしてピタリと止まった。
それと入れ替わりになるように再び耳に届き始めた声。
先ほどの二つの声とは明らかに異なる声。
その前に芦澤はなぜ私は眠っているのだろう?と芦澤は思った。
思い起こせば芦澤が意識を失ったのは病室の中だった。身長180のはあるだろうという長い髪で目を隠した銀髪の大男が病室に入って来た。そして何かをした。
芦澤が覚えているのはそこまでだ。彼が何をしたのかはわからない。
ただその意識を失う前のほんの少しの間に聞いた声。
その声にそっくりな声。芦澤にはその声が届いていた。
カツッカツッと靴が地面を叩く音が芦澤に近づいて来る。
音が一回鳴る度に沸き上がる物が積み重なるように大きくなってゆく。それは心臓をえぐりとられるかのように感じる恐怖。
(いけないこれは本当にいけない)
芦澤の体が芦澤の言うことを聞き、指先がピクリッと動いた。
その時、芦澤に近づいていた足音がピタリととまっていた。
「ほら、早く起きてくれよ!じゃないと困るから、ね!!」
途端、ドッという鈍い音が響き、芦澤の腹部を突くような衝撃が襲った。
その瞬間に、呼吸の仕方がよくわからないような錯覚に陥り、肺から空気が大量に吐き戻された。
パトリスが芦澤の腹部に強引に蹴り込んだのだ。
眠っている芦澤を目覚めさせるために。余計深い眠りに入らないように絶妙な加減を加えて。
「あ……ぐぁ……ゲホッゴホッ」
芦澤は体を何度も転がしてのたうち回ってしまう。
「は、ようやく起きたかい」
「あ……なたは」
芦澤は倒れ、未だに霞む視界のまま、声のした方向に目を向けた。
やはり病室に入ってきたあの銀髪の男だった。
表情は見てはわからなかったが、声が笑っていた。
「ほら、そこの二人みたいになりたくなかったら早くコードとやらを引き出してもらえないかな、禁書爆弾(ダイナマイト)?」
「………二人?」
一瞬何を言っているのかがよくわからなかったが、すぐに意味が理解できた。
恐怖のあまり芦澤は意識せずにひとりでに下がってしまった。
その時に、何かが手に触れた。
何か人の肌のようの物が。
(?!)
芦澤の息が詰まる。
彼女の恐怖心が更に強まった。すでに心拍数が尋常な数ではなくなっていた。心臓の音が自分でも聞こえそうな程にまで。
(………あ)
その恐怖心の中で芦澤は振り返った。
そこには二人の少年の姿。
一人はクラスメイトの高宮隆治。もう一人は出会って間もない芳野夏喜という少年。
「な……んでですか」
「さてねぇ君を救いにでも来たのかもね」
「なんで……」
芦澤の口から勝手に言葉が漏れた。
「彼らは頑張ったよ?でもこうなったのはキミのせい」
その芦澤をあざ笑うようにパトリスは話す。
「私の………?」
「そ、キミだよ。キミが魔導書の中和コードなんか持ってなければこうはならなかった」
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