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朧月輪

太股に巻いたベルトからは、槍の先端だけを取ったという形に近い武器が何本も除いていた。
日本で古来の忍者が使っていたという『クナイ』という武器に近い。
それから反射する妙な黒光りが本物の殺人武器であることを証明していた。

「芳野夏喜じゃな?まぁ、そんな緊張しなくともよい」

夏喜には妙な緊張が首筋から背中にかけて、ゾゾゾッと駆け巡っていた。
そのくせ、本人は全く緊張した様子は見せていない。まるで、馴れ馴れしく友達にでも話しかけているようだった。
その事がかえって恐ろしく感じられた。

「……アンタ」

「朧月輪(おぼろつくわ)と申す。以後、よしなに。……もう一つの名前は名乗らんでもよいか」

「もう一つ?」

「魔法名じゃ」

ある程度の予想は出来ていたが、それでも夏喜は一歩後ろへ下がった。
魔法名……パトリス=ネビルと名乗る魔術師が魔術を使って高宮と夏喜を襲った時に名乗った『殺し名』である。

「って事はなんだ?アンタもパトリスと同じ物を狙っているのか?」

高宮はパトリスが狙っているのは禁書爆弾(ダイナマイト)だと言っていた。
その禁書爆弾が何なのかは高宮に聞きそびれてしまったのでよくわからないが、それでも、重要な物であるという事に違いはない。

「ま、そういう事になるの」

夏喜の瞼と目尻に引き吊るような感覚が走る。

「別にあちきは、おぬしを殺すつもりも、高宮を殺すつもりもない」

その引き吊った目が今度は逆にひそめられた。

「じゃが、おぬしらがパトリスの邪魔を直接的にも、間接的にもしないと言うのであればの話じゃが」

朧は片目を閉じて、ウインクするように楽しげな表情で言った。
しかし、夏喜にはその笑顔にかえって悪寒を覚える。つまりパトリスに逆らうならば『殺す』と言うことだ。
そのような事を笑みを浮かべて楽しげな表情で言える事が恐ろしい。
夏喜は吸収放出(テイクスオーバー)とと言われる魔術にも効果が適用される強力な切札を持っている。
それでも、目の前の小柄な少女に恐怖を覚えた。

「それは無理だ……って言いたいんだけど」

それでも、夏喜は言った。退く理由など何処にもなかったから。
こうする事が正しいと思ったから。

「………」

朧は違う答えを期待していたらしく、目を丸くしてキョトンとした表情を浮かべている。

「……はぁ」

そして、額に手をそえた。
話を聞かぬ馬鹿に呆れるような表情を浮かべて。
その仕草を見てグッと足に力を込め、あとは踏み出すだけという体制に夏喜は持ち込む。

「おぬし、考えてみぃ。おぬしはただの一般人じゃろ?それが、突然理不尽に崩されたくなかろうて」

確かにいま、この場で何もなかった事にして退いてしまえは、何事もなかったように普段からと同じ『日常』に戻れるだろう。
まだ間に合う。ここで退けばただの一般人に戻れる。
そういう考えが夏喜の頭をよぎった。
しかし、

(高宮はどうなる?)

その瞬間ドウンッ、
と何かが爆発するような鈍い音が夏喜の耳に届いた。
距離は遠いだろう。しかし夏喜の耳に届くほどの音。

「あ〜あ、困ったのぉ」

朧は前髪をかきわけるように額に手を当てて、音源の方向を呆れるような表情で見つめていた。
夏喜も振り返り、朧の視線の先へと目を向ける。

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