[携帯モード] [URL送信]

Merging Melodies
19








〈…ってなワケだから、母さん、くれぐれも奴らを見つけたら、戦おうなんてバカなこと考えんじゃねぇぞ。いくら昔強かったっても、今はもう歳なんだからな。いいか、もう一回だけ言うぞ。プラズマ団には注意!見かけたら近づくな。いいな、灰色のほっかむりの、プ、ラ、ズ、マ、団、だぞ!いいな、分かったな?分かったんだよな?オッケーだよな?いくら母さんでも、さすがにもう理解できたよな?な?じゃあ切るから、くれぐれも気を抜かないように。そんじゃぁー。〉


3日前に自分の元から旅立った愛しい息子の声がとぎれ、ツーツー、と目の前の電化製品が寂しげに鳴いた。


全くの無表情無動作のままでその留守番電話を聞き終えた母はその音を止め、ゆっくりとリビングの時計へ目をやる。


これが入れられたのは二時間程前、自分は確かにまだ家の外にいた。


ふぅ、と一息つきながら、髪を掻きあげる。


夜中は幾分冷えるとはいえ、長い頭髪の内部にため込んでいた真夏の高水準な気温が辺りに拡散し、ムワリと余計に部屋の温度が上がった。


『ハナちゃん。』


二階の息子の部屋へと続く階段を降り、一つ自分にお辞儀をしたのは自分ともっとも仲のよいポケモン。


フルンと揺れた髭の先に、幾分か埃が積もっていた。


『あれは、もうあの子の部屋になかった?』


普段、彼女と話すときよりも幾分落ち着いたような、含んだ彩りに欠けるような声色で、母は尋ねた。


済まなそうに歩み寄ってきた彼女は、コクリと小さく首を一度だけ縦に動かした。


『そう…。じゃあやっぱりあの子が持って行ったんだわ…。』


目を伏せ、残念げに、しかし何処か予測通りといった風な音程を交え、母は小さく呟いた。


モニター付きの電話機が、その表していた日付の数字を一つ変える。


ライブキャスターとの連絡も可能なこの据え置き電話機は、あの子が産まれて間もない頃に購入したものを、最近買い換えたものだ。


ん、と鼻から小さく淀んだ空気を吐き出しながら、母は侍女のように自分の少し背後に並んだ相棒の頭を撫でると、ゆっくりとテレビの置いてあるリビングの北側へと向かった。


正確には、幅の広い薄型テレビの隣に佇む三段積みの棚。


その頂上に飾ってあるのは、この家にたった一枚だけ存在する家族写真。


それを手に取り、母は部屋の中央のテーブルの上に上半身だけ突っ伏した。







―勇者は独り、立ち上がる
別れゆく二つの生命
その隔絶を止めるため―


不意に、母は言葉を紡いだ。


歌うように、語るように、それで居て、何か自分に言い聞かせているようにも思えた。


―勇者は旅し、外を知る
小さき己を恥じ見つめ
大きな世界に足を入る―


―勇者は独り、立ち向かう
自分を救った何かのために
それとの絆を確かに信じて―


母は続けて唄う。


紡ぐ唇が僅かに震えても、彼女の声は止まらない。


―勇者は独り、絶望を知る
愛したものに裏切られ
手にした愛すら否定され―


―それでも勇者は立ち向かう
例え愛が拒もうと
掲げた理想を手にするために―


写真に視線を向ける。


大人が三人、子供が独り、ポケモンが二匹、写っていた。


―勇者は独り、空をみる
頬を流れる雫を隠し
己の使命を果たすため―


―勇者は独り、気が狂う
愛した全てを無に返し
憎悪の海に身を沈め―


写真真ん中、周りの大人より頭二つほど小さな子供を、母は親指で優しくなでた。

思わず母の口元は綻ぶ。


―勇者は独り、朽ち果てる
絆を失くし、それでも前に進んだ報い
涙も流せぬその体に
大きな風穴をこさえて



勇者はその目で何を見る
映らぬその目で何を見る
動かぬその手で何を守る
何もない、何もない
勇者は独り、朽ち果てる―


『…お父さん。』


歌い終えたらしい母は、写真の上部、中央で元気に笑う子どもの後ろで豪快な笑顔を浮かべる初老の男性を人差し指でなぜながら、答えるはずのないその人に語り始めた。


『あの子の運命が流れだしたわ…。お父さんの言ったとおり、あの子が15の夏に…。』


うっすらと微笑みを浮かべながら、母は静かに囁いた。


写真の男は答えない。


『うん…分かってる、邪魔しちゃダメなんだよね…。分かってるよ…。でも…。』


返答など無いはずの写真の男性が、あたかも自分の声に相づちを打ったかのように言葉を紡ぐ母。


声の震えは、最高潮に達していた。


『あの子は、あたしが守るの…。あたしと夫で、守ってあげるの…。そう、決めたの…。』


たぱぱ、と溢れた涙が顎を伝ってテーブルに落ちた。


母の表情からは、悲しいのかそうでないのかが今一掴めない。


困ったように笑っていた。


『だから…。』


再び、子どもに視線を落とす。


まだ青臭さの残る自分と、夫の間で無邪気に笑う息子。


今度は手のひら全体で、息子を愛でた。


『フォアイト……あぁ、フォアイト…。』


名を呼びながら、母は目をぎゅっと閉じて写真を抱きしめた。


あの子の前では決して見せたことのない弱さを、誰に知らせるでもなく見せ付けながら…。






しばらくして、規則正しい息遣いが鼓膜をおちょくり始めた。


背後に控えていた相棒が、優しく背中を撫でながら、持ち出してきたタオルケットをその上に被せた。


『オヤスミなさい…。』


相棒も、自らの寝床へ向かう。


リビングの奥の寝室。


彼女をおいて自分だけベッドに横になるのは気が引けたが、下手なところで起こして機嫌を損ねられたらたまったものではない。


相棒は部屋に入ると、音を立てないように扉を閉めた。




薄暗がりで、母の寝息だけが繰り返し音として響く。


日付が変わって、もうすぐ30分が経とうとしていた。




タオルケットのはだけた隙間からは、見慣れない黒と白の混合色がうっすらと伺えた気がした。








 

[*前へ][*次へ]

19/20ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!